彼我の小説の違いについて 生々しいこと編(2)           昨日のレポートを見逃した方はこちらへ。

文=楠瀬啓之

台湾という島国を初めて強烈に意識したのは、高校生の頃、
丸谷才一さんの『裏声で歌へ君が代』(1982年)を読んだ時でした。
70年代後半の東京を舞台に、
台湾独立を唱える「台湾民主共和国準備政府」の大統領
(国籍は日本で、本職はスーパーマーケットとラブホテルのオーナー)と
日本人画商の友情を軸に、
国家とは何か、個人の自由とは何かを問いかける一種の議論小説です。
中年男同士の友情と議論なんて(画商の方の恋物語も挟まれるとはいえ)、
高校生が読んで心弾むものではありませんでしたし、
今回台北から帰ってきて読み直しても、
この作家の最上の作品とは言い難いなと思います。
ただ、作家の台湾あるいは台湾人への思いや、昭和の日本への複雑な感慨、
政治というものへの憎しみと諦念が、奇妙に胸を打つのです。

一つ驚嘆したのは、小説の後半、大統領の洪さんは
どうやら半ば力づく、半ば納得づくで台湾へ帰るのですが、
政治犯として危険な目に遭うのじゃないかと
心配する画商(親友とはいえ、独立運動には傍観者の立場でいる)に、
大統領の政治仲間(京都の中華料理屋――一番出るのが餃子
という大衆的な店――の爺さん)がそんなに心配しなくても
いいんじゃないかと言って、理由をこう説明します。

近い将来、大陸やアメリカやソビエトのパワーバランスと、
台湾の国力、そして老いた蒋経国の後継者問題などを考え合わせると、
外省人と内省人が半分ずつ権力を分け合い、
中華民国の名前はそのままで実質は台湾国に改まるのではないか。
そしてこの政変は国内からも国外からも喜ばれるだろう。

——この政変の結果、外省人は中華民国といふ国名を失はないが、
それと引換へに、総統(元首)になるのは内省人でなければならない。
この妥協はどうしても必要で、
これによつてこそ人心を収攬〔しゅうらん〕することができる。
しかし何しろ事情が事情だから、この人物は容易に求めがたい。
政治的能力とか、人物、識見のほかに、
これまで外省人と直接に争はなかつた者
(争つた者は憎まれてゐていけない)、
そのくせいかにも生粋の台湾人といふ感じのする者、
といふむづかしい条件が加はるのだ。
いはゆる半山(大陸帰りの台湾人)では、
内省人の代表といふ印象を与へにくい。
半山を総統に仕立てたのでは、
傀儡〔かいらい〕と見られてしまふだらう——

洪大統領も海外(日本)で運動していただけだから
反感の対象にはなりにくく、殺されたり島流しになったりはせずに、
むしろ将来の総統候補の一人になるかもしれない、というわけです。

小説の結末がどうなるかは実物にあたっていただくとして、
この餃子屋の見通しはおおよその線で
李登輝の登場を予言しているといっていいように思えます
(李登輝が副総統に登用されるのは
小説が発表された2年後、蒋経国が死ぬのが6年後)。
ぼくは晩年の丸谷さんと何度かお会いする機会があったのに、
どうやって予言できたのか、訊ねればよかったなあ。

台湾をめぐる本で、個人的に印象に残ったものを
ディケイドごとに1冊ずつ挙げると、
1980年代が『裏声で歌へ君が代』、
1990年代が『台湾紀行 街道をゆく』(司馬遼太郎)、
2000年代が『満里奈の旅ぶくれ たわわ台湾』(渡辺満里奈)、
2010年代が吉田修一さんの『路』
となります。この4冊をいま改めて眺めると、日本人の台湾観、
台湾への感情や視線が大きく変化しているのが手に取るようにわかります。

司馬さんの『台湾紀行』は、李登輝総統との対談が収められているように、
台湾が民主化へ舵をきって以降の本です。
『裏声で歌へ君が代』が描いた時代と変ったなあと思ったのは、
丸谷さんの小説には、洪大統領の姪が台湾から東京へ遊びに来た時、
銀座の真ん中で右翼(赤尾敏ですね)が
政府を弾劾する演説をしている(そして人々が平然と、
あるいは退屈そうに聞き流している)のを見てショックを受ける
印象深い場面がありますが、『台湾紀行』には
こんなエピソードが出てくるのです。司馬さんたちが訪れた龍山寺で、
拡声器で何かをがなり立てている男がいる。

——「なんです、あれは」
ときいたが、わが老台北は知らぬ顔でいた。
鼓膜が破れそうになるその音響は、むろん中国語である。
〝台湾は独立すべきだ〟ということを、一本調子でしゃべりつづけている。
「台湾の赤尾敏」
老台北がひとことでいって、あとは説明しなかった。
そういうあたりが、この地の風土的というべき力業のユーモアである。
赤尾敏とは、十年一日のように東京の街頭で
反共演説をつづけた名物男であった——

丸谷さんにせよ司馬さんにせよ(二人とも兵隊にとられて、
あの戦争で死ぬ覚悟を決めた経験あり)、
台湾への同情あるいは贖罪意識を濃厚に持っています。
日本の少し歪な鏡としての台湾、という視線も感じます。
それが、さらに10年経つと(この間、侯孝賢、エドワード・ヤン、
蔡明亮、呉念真、アン・リーなどの台湾映画が
東京の映画好きを惹きつけていました。そう、金城武も)、
台湾は女性誌が好んで取り上げるテーマの一つになって、
渡辺満里奈さんが『満里奈の旅ぶくれ』を書いた頃には、
台湾のガイドブックを執筆することが感度の高い
文化系女子タレントのステイタスになっていたように思います。
これを持って台北に行ったことがありますが、
けっこう使いがいのある、よくできた案内本でした。

そして吉田修一さんの小説になると、
もはや日本と台湾の間にはあからさまな違いはなくなり、
海の向こうから否応なく押し寄せた近代化に
それぞれのやり方で対応した国に生きる人間同士の物語になっています。
『路』の台湾人は「よく描かれ過ぎている」と
台湾の人から批評ないしは照れ隠しを聞かされましたが、
それについては女性主人公・春香のセリフが作者の答えになっています。
東京と台北に違いがないことの宣言でもあります。

——東京でも台北でも嫌なものを見ようとすれば、
どこにでもある。
ただ美しいものを意識的に求めれば、
それだってどこにでもあるわけで、
せっかく開いた目で見るのであれば、
美しいものの方がいいと春香は思う——

さて、ブックイベントのある窪美澄さんにくっついての
今回の台湾行きの直前に、東京でぼくが校了したのは
小林秀雄『学生との対話』という単行本でした。
あの批評家が学生たち相手にした講演と質疑応答を収めたものですが、
この本のために本居宣長(小林秀雄は繰り返しベルグソンと
宣長について述べています)について一夜漬けで少し勉強しました。

そこで窪さんへ事前に渡されたイベントの質問のうち、
「文学にはさまざまな男と女が登場しますが、
台湾と日本では男女の描き方が違うように感じられま
す(台湾では生々しいことを書かないのです)」という一項に、
宣長を思い出して、「ははあ」と思うことになりました。

なぜ「ははあ」と思ったかの説明のため、以下、
台湾の文学を中国の文学史から枝分かれしたものとして語りますが、
失礼にあたるようでしたらご容赦ください。

本居宣長によれば、中国の文学は理屈や道徳を重んじ、恋愛を軽んじて、
人間本来の姿を伝えていない。これは「からごころ」のせいであり、
一方、「やまとごころ」は人間本来の姿を伝えるものだ。
そして人間本来の姿とは、源氏物語や新古今和歌集に見えるように、
恋に悩み苦しむことである。ここにいない人の面影を偲〔しの〕ぶ、
たとえばそれが「もののあはれ」なのだ。
やまとごころを基にした日本文学は、もののあはれを詠うのである。
からごころは人間のこういう大事な局面を無視しているからよくない。

一夜漬けの知識で、ごく大雑把かつ乱暴に、
宣長の言わんとすることをまとめると上のようになるように思います。
確かに中国文学に恋愛小説は少ないみたいです。
「紅楼夢」は恋愛小説と思われているのでしょうか。
「唐詩選」に、酒の詩はあれだけあるのに、
恋愛を詠ったものはあったかなあ。
かたや、わが国では万葉集や百人一首の歌人たちも(すなわち帝も辺境の防人も)、
西鶴も近松も、非常にしばしば恋愛を通して人間を捉えようとします。

宣長は「敷島のやまとごころをひと問はば朝日に匂ふ山桜花」
という歌がいけなかったというか、ずいぶん軍国主義寄りに
見られがちですが(何しろ最初の特攻隊は、この歌から、
敷島隊、大和隊、朝日隊、山桜隊と名付けられました)、
彼の理論でいちばん大切なのは恋愛文芸の擁護でした。
やまとごころは武士道なんかと関係ないのです。

日本の文芸は、近代小説の移入以降も、
宣長の指摘した路線を展開してきたように見えます。
漱石も谷崎も川端も、そしても今も。
理屈や道徳では捉えられぬ登場人物たちの愚かしいような心情を描き、
もののあはれを感じさせるために、
恋愛小説に大きな時間の経過を絡ませる技法は
何人もの現代の作家が使っているように思えます。

質問にあった「生々しいことを書く」というのも、
やまとごころ故なのですね、きっと。
恋ごころに苦しみかつ歓ぶ人間を描くのが日本の文芸の本道であり、
それを表現し、読者に伝えるための一つの手段として「生々しさ」がある。
「性は20世紀文学に残された唯一の沃野である」と
かつてヘンリー・ミラーだかノーマン・メイラーだかが言ったそうですが、
そういう力瘤の入れ方ともちょっと違うのです。

その最近の素晴らしい実例として、たとえば窪美澄さんの
『ふがいない僕は空を見た』(台湾版は《不中用的我仰望天空》)があります。
循環する季節の中で、生々しいことをしていく登場人物たちに、
読者はやがてもののあはれを感じて、胸を打たれるるはずです。
ここは読んでいただくしかありません。
宣長の言うやまとごころは、今も続いているのです。

一方で、台湾の小説が「生々しいこと」をあまり書かないとしたら、
それは中国の文芸の流れなのかもしれません。
ただし、宣長のように、それではよくないとか、嘘つきだとか言うつもりは全くありません。
むしろ、吉田修一さんが描いたように、
日本と似た民主的な高度資本主義社会である台湾で、人間を描こうとしたとき、
日本の小説とどんなふうに異なる手法を用いるのか、
台湾の作家が『路』を書くとどうなるのか、
そんな興味が膨れ上がってきました。何かいい小説を教えてください。

(終わり)

楠瀬啓之(くすのせひろゆき)
新潮社出版部副編集長。『週刊新潮』『小説新潮』を経て『yomyom』創刊に加わり、現在に至る。
これまで関わった本に川上弘美『ニシノユキヒコの恋と冒険』、城山三郎『そうか、もう君はいないのか』、太田光『マボロシの鳥』など。最新の担当本は小林秀雄『学生との対話』、ミルン/阿川佐和子訳『ウィニー・ザ・プー』。新潮社のサイトはこちら。新潮社出版部のツイッターアカウントはこちら