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依頼

 角から左へ6軒目にある「カビチャコーヒー」が、私の探偵事務所(仮)であった。
 毎日午後3時半から始まる1杯おまけのハッピーアワー。私はラクダ色のプラスチック椅子に座り、マイルドセブンライトを吸いながら、腸が煮えくり返るような、さりとて愛おしく離れることのできない、この街を眺めていた。
 バスの運転手が、バスを路肩に停めてビンラン((興奮作用のある木の実))を買っている。赤信号を待つバイクの集団は皆、ひきつけを起こしたみたいにアクセルを空ぶかししている。一人のライダーはハンドルの右手にかけたビニール袋から落花生をつまみ、一つ口に入れてはその殻を左手のビニール袋に放り込む。生産ラインの熟練工のように滑らかな手さばきだ。自転車の男はT字のハンドルの中央部を片手でがっと掴み、もう一方の手でケータイを操りながら、なんともなまめかしく逆走していく。赤信号を無視して「散歩」するじいさんと孫はのたりのたりとして、自宅のリビングから台所へ行くにしてももう少し緊張感があるだろう。リサイクルゴミを積載オーバーまで載せた3輪リアカーが傾いたまま、それでも意固地にじたばた前進する。周囲の喧騒など素知らぬ顔で、まるでパフォーマンスアートであるかのように、効率のみを追求する現代社会に異議を申し立て、スローライフの美学を訴える。いや、むしろ自殺テロに近いかもしれない――「スローじゃないやつは、こちらからぶつかっぞ!」
 ここに座って眺めれば、和平東路と富陽街と308号路地が交わる六叉路は、決してロータリー交差点ではないのだが、車両はさも当たり前のようにロータリーに交わる。6本の道路はまるで交尾するマムシのようにからみ合い、7つの信号が代わる代わる瞬く。車道は歩道となり、歩道は車道となる。人と車の先陣争いはまるで災害から逃げ惑う人たちのニュース映像さながらで、山火事から逃げ出す鳥や獣たちですら、こんな必死ではない。ここに座って眺めれば、視神経と鼓膜が受けとめる刺激はとうに限界を超え、あたかも映画館の最前列で緊迫の場面を見ているように、生きるためのエンジンはサラウンドで五官のすみずみを駆け回る。私は何度となく、すれ違う車たちのいざこざや衝突、人身事故を予期した。ところが意外な、そしてがっかりなことに、何も起らない。少なくとも私が隠遁生活を始めてからこれまでの間、事故を目にしたことは一度もなかった。

 台北は呪われた街であり、かつ奇跡の街だ。私は好奇心にかられる。いったいどんな力が、私が仮住まいするこの混沌の地を、なお破滅の瀬戸際に踏みとどまらせているのか。いったいいずれの魔術的エアークッションが、この水晶のように脆い文明を守護し、危機一髪で事態を収束させているのか。
 「壊れ物注意!」と、無頓着を気取る宅配屋のように、台北の人々は未練を持たない。
 こう言うべきか。楽天的で、かつ悲哀を知りつくす台北人は、「情況」ごとにその柔軟性を発揮する。道を曲がろうが、突っ切ろうが、交通違反しようが、借金しようが、汚職しようが、株で儲けようが、彼らは最初、「楽勝!」と余裕の表情。だが危険が迫るや、すわ命知らずの超絶技で右左に身を躱し、すんでのところで御難を脱し、ゲームを無事クリアする。明日できることは今日するな、いざともなれば、米の代わりに芋を食う。頭割られて流血せば、紙銭〔しせん〕燃やして神頼み。最悪カメラ(の先の親)を大向こうに、泣き叫ぶことさえ厭いはしない。
 文明による徹底支配を拒否したこの都市は、いたるところに「中途半端」な近代化が露見する。混乱と秩序、原始と文明、冷媒と湿気が一緒くた、つまり、ポストモダンの「なんでもあり」とモダニズムの「コンチクショー」とさらに前近代の「ばっちゃん、元気してる?」の混合体となる。
 巻き上げられるホコリと排気ガス、それに名状しがたい臭味にまとわりつかれた私は、この命の水のような飲み物を口に含んだ。

 「姓は呉、名は誠。漢字2文字で、呉誠です」
 頭の中でリハーサルを繰り返す。
 ジェームズ・ボンドは決まって、「ウォッカマティーニを。ステアせずにシェイクで」と注文する。私もそうだ――「アイスシェイクティーを。ガムシロ少なめに氷抜きで」。007の看板メニューは材料の配分が厄介なうえ(ゴードンジン3、ウォッカ1に、ベルモット0.5)、作り方はもっと凝っている。徹底的にシェイクして冷やしたあと、レモンを飾った深いシャンペングラスに入れるのだ。ひるがえって、私が嗜むアイスシェイクティーは“わけあり”の葉っぱを煮出したあと、振り振りして泡を出し、発泡スチロールの器に入れたらそれでOKだ。
 そして、開業して初めての仕事は、ここで舞い込んできたのだ。

 林夫人は近所の噂で私の存在を知り、さまざまな人脈を通じて私の生態を調査し、噂の「探偵」とやらが、チンピラでもすけこましでも精神異常でもないことを、3日尾行して確信したうえ、接触してきたのだという。お恥ずかしい限りだが、この3日間、あとをつけられていたことに、私はまったく気づいていなかった。
 彼女は忍者のようにテーブルに近づいてきた。私を妄想の渦から現実へ連れ戻すには十分すぎる唐突さであった。林夫人は椅子に腰掛けてから、おまけのシェイクティーをやんわり断り、依頼内容を語るまでの間、まるで面接官のように、まず私に質問を投げかけた。彼女は私を値踏みし、私も彼女を値踏みした。面接とはかような対称性を持つべきものなのだ。顧客が常に正しいわけではなく、また、客が途絶え、喉から手が出るほど仕事がほしいときでも、がっついてはならない。精神異常者は、精神異常者をいちばん恐れるのだ。世界が正常に進んでいくには、少なくともどちらか一方が正常でなければならない。
 薄化粧であった。淡いチークが白い肌を際立たせ、メリハリはあってもギスギスしすぎない顔立ち。節度ある柔和さと苦労に染まらぬ彼女の表情に、神経質なひきつけも、耳をふさぎたくなるような身振り手振りもない。私は心の中でつぶやいた――合格だ。
(略)
 「興信所、ということでしょうか」
 林夫人は、上の空の私に気づいたのか、顔を近づけてそう訊いた。
 「私立探偵です。興信所ではない」私は正気を取り戻し、答えた。
 「何が違うんでしょう?」
 皮肉など含まぬ、友好をベースとした純然たる疑問。私は彼女のことを好きになっていた。
 「興信所は会社組織、私は一匹狼です。(略)興信所と違って、私は反ハイテクです。盗聴器も使いません。この目、耳、そしてこの2本足があればいい」
 「興信所ができないことがおできになる?」
 「言い換えれば、興信所ができることはなにもできません。ただし、私は金儲けのためにやっているのではありません。8割は世のため人のためです」
 「残りは?」
 「それは個人的なことなので、お耳汚しになります。興信所に支払う報酬についてはご存じでしょう?」
 「インターネットで調べました。とても高額です」
 「合法的な強盗です。尾行調査が1日1万ドルかける日数分、人探しは5万ドルから、浮気・素行調査は5万ドルから。以下「から」は省略します。浮気相手の身元確認15万ドル、別れさせプラン20万ドル、こちらから別れるプラン同じく20万ドル。これは何を意味するのか。つまり貧乏人はただ祈ってろ、と。我が人生は公明正大に輝きあれ! 白日のもと我が下着は、昨夜の秘め事の跡形もなく乾ききりますよう……」
 「普段からそんなふうにお話になる?」
 「そう心がけています」
 「私も高いと思いました。それに私の悩みはそこまで深刻じゃありません。あるいはただの思い込みかもしれない。だからプロに依頼する必要はないと思いまして……」
 私は、口に含んだシェイクティーを吹き出しそうになった。
ー部分訳終わりー

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 天野健太郎
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