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陳 柔縉(ちん じゅうしん/チェン・ロウジン)
select#51964年、台湾・雲林生まれ。台湾大学法学部卒業。聯合報(日刊紙)政治部記者、新新聞(週刊雑誌)記者を経て、現在コラムニスト。日本統治時代台湾を今に伝える第一人者。オーラルヒストリーの好手でもある。代表作に『總統的親戚(大統領の親戚)』(1999年)、『台灣西方文明初體驗(台湾西洋文明事始め)』(2005年 聯合報「読書人」年間最優秀賞)、『囍事台灣(台湾ウェディング)』(2007年)、『人人身上都是一個時代(一人一人に刻まれた時代)』(2009年)、『舊日時光(古きよき時代)』(2012年)。聞き書きに『国際広報官張超英ーー台北・宮前町九十番地を出て』(2006年 中国時報「十大好書」入選。邦訳・まどか出版)、『栄町少年走天下(羅福全回想録)』(2013年)。2005年、2009年金鼎奨(政府出版賞)受賞。

著者インタビュー(OKAPI)
著作一覧(誠品書店)

主な著作と目次

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『台灣西方文明初體驗(台湾西洋文明事始め)』(2005年、麥田出版)
日本統治時代、西洋文明に初めて触れた台湾人の驚きをユーモラスにつづる歴史コラム集。
→部分訳を読む

第1章 初めての食べ物編 喫茶店/チョコレート/牛肉/水道
第2章 初めての日用品編 歯磨き粉/電話/電灯/時計/名刺/トイレ ほか
第3章 初めてのショッピング編 ホテル/デパート/クリスマス/宝くじ ほか
第4章 初めての公民編 銅像/公園/裁判所/監獄/選挙
第5章 初めての乗り物編 車/道路/飛行機/フェリー客船
第6章 初めてのスポーツ編 スポーツ/テニス/水泳/ゴルフ/サッカー
第7章 初めての学校編 ピアノ/西洋画/英語/図書館/幼稚園/卒業式
第8章 初めての服装編 ひげ/スーツ
第9章 初めての男女編 男女共学/自由恋愛/職業婦人
付録 日本統治時代人名事典


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『日本統治時代の台湾――写真とエピソードで綴る1895-1945』[原題「人々身上都是一個時代」](2009年、時報文化出版)
日本統治時代・台湾に生きた普通の人々が学び、体験し、追いかけたものは何か。
著者がたどった戦前・東京の台湾人の足跡とは?
→部分訳を読む

第1章 日本統治時代の台湾とその人々
 走れ!林さん/戦前・台湾のイケメンセレブ/王永慶の200円/
 板垣退助が台湾に残したもの ほか
第2章 モダニズム台湾の事件簿
 美麗島心中/少年たちはエレガを愛す/働く女性の意識調査・戦前台湾編/
 懐かしい駅弁――弁当と便當/カゴメケチャップと北京ダック/ぼくらの旧正月を守って ほか
第3章 東京で見つける台湾の歴史
 東京駅に響いた「民主」の雄叫び/五反田で林献堂が見た風景/
 三四郎になりたい!――最初の日本留学ブーム ほか

※日本語版は近日刊行予定。邦題未定。目次は仮訳です。


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『舊日時光(古きよき時代)』(2012年、大塊文化出版)
100年前の台湾人も、今と変わらぬ感性で、今と同じように楽しく生きていた!?

第1章 100年前のブランド戦略に学べ
 台湾の資生堂?/キッコーマンの台湾支社長/トヨタが台湾を走った日 ほか
第2章 昔も今もお金が大事
 ラジオで株を買いまくれ!/台湾の夜市の起源は日本だった?/
 100年前の土地狂想曲 ほか
第3章 ガイジンさんがやってきた
 北朝鮮からやってきた刺客/メジャーリーガーが台湾にやってきた!?/
 皇室が台湾にあったころ ほか
第4章 日本統治時代の学生時代
 夏休みの始まり/懐かしい日本人の先生たち/台湾の農村は託児所完備?/
 先生と生徒の禁じられた愛(戦前編) ほか
第5章 時代を切り拓く女性たち
 女たちの野心――海外留学へ!/女性ドライバーは大スター? ほか
第6章 歴史と私
 林献堂のニューヨーク、私のニューヨーク/台湾大学の変遷 ほか

 

著者について・読みどころ

 台北の銀座(栄町)にある、スイーツが美味しいカフェで女子会?
 最先端技術(エレベーター)を誇る超高層ビル(6階建て)に、見物客が殺到?
 マラソン大会で、一般参加の公務員(銀行職員)がぶっちぎりで優勝?
 先生と女子高生の不倫騒動。証拠の手紙が世間にさらされた?
 醤油の宣伝ソングは、猫ちゃんが歌って踊る?

――これらは全部、陳柔縉が見つけた日本統治時代・台湾のエピソードである。21世紀の台湾で(いや日本でも)全然ありそうな話じゃないだろうか。

 そもそも「日本統治時代」ってなんだろう?――それは、台湾人の疑問でもあった。
 1895年から1945年、つまり日清戦争が終わってから太平洋戦争が終わるまで、日本は台湾を植民地としていた。戦後世代の我々からすれば、両親や祖父母が生きた時代のことだ。しかし、台湾でその歴史が語り継がれることはなかった。戦後、国民党政権のイデオロギー教育と言論統制はそれを許さなかった。
 だから、「日本統治時代」について、戦後の台湾人は、抗日運動や皇民化運動など特定の史実を学校で習ったくらいで、おじいちゃんがどんなふうに学んでいたのか、おばあちゃんがどんなふうに働いていたのか、家族があの時代をどう生きていたのかを知らなかった。
そんな家族の記憶の断絶をつなぎ直してくれたのが、陳柔縉の歴史コラムである。日本統治時代の台湾社会から楽しい題材を見つけ出し、当時の人々の人生と日常を軽やかな筆致で再現したあと、彼女はこう付け加える――あなたのおじいちゃん、おばあちゃんは、あなたと同じように流行を楽しみ、恋をして、夢を追いかけていたのよ!

 その始まりとなる著作が、『台灣西方文明初體驗(台湾西洋文明事始め)』と『囍事台灣(台湾ウェディング)』の2冊である。日本統治時代・台湾の“文明開化”にスポットをあてたこのシリーズは、エピソードの前にまず、表紙やカバー、本文ページのアートワークがポップで楽しい。当時の写真や広告、ロゴをふんだんに使い、まさに台湾人が初めて西洋文明に触れたときのキラキラとワクワクが伝わってくる。
 いや、本文はもっとおもしろい。ホテルや喫茶店、洋服などの鉄板ネタに続いて、牛肉の項目がある。そりゃ牛肉食は、日本の“文明開化”でもターニングポイントだけど……、あれ!? 牛肉って(牛肉麺って)、台湾名物じゃなかったっけ?→部分訳を読む

 その後刊行された『人人身上都是一個時代』(近く日本語版が『日本統治時代の台湾とその人びと(仮)』として刊行予定。原題は「一人一人に刻まれた時代」の意)や、『舊日時光(古きよき時代)』では、西洋文明ネタから少し離れ、当時の人と人、人と場所が織りなすちょっと意外な、あるいはつい笑ってしまうようなエピソードを掘り下げている。
 たとえば、台湾“初”のマラソン大会で、コースとなった当時の目抜き通り(今の台大病院-台北駅-西門町など)の風景と、出場選手と応援団の悲喜こもごもを(負けた日本人選手の言い訳まで)あざやかに描写し、歴史ってそんな肩がこるようなものじゃないのよって、私たちに教えてくれる。

 とはいえ、彼女のコラムは、楽しく読んでそれで終わりではない。陳柔縉は言う——歴史とは、ごく少数の英雄によってのみ語られるべきものではない。歴史を作っているのは、その以外の、名もない庶民一人一人なのだ、と。
 そして、彼女の作品は、現代台湾社会と日本統治時代のあいだにある連続性に気づかせてくれる。たとえば、『人人身上都是一個時代』を読めば、日本統治時代に芽生えた民主運動(台湾同化会設立や台湾議会設置請願運動など)が、戦後も継承され、ときに静まりかえり、ときに燃え上がりつつ、なお今日までしぶとく続いていることがわかる。→部分訳を読む
 彼女が日本統治時代をテーマにするのは、あの時代をことさら特殊化し、肯定するためではない。「時代」とは分断を意味する言葉でなく、連続性と多様性を内包するのだと、そして「歴史」とは人と人のつながりと広がり全体を指すのだと、彼女の本は教えてくれる。

 ともかくは肩の力を抜いて、台湾の歴史をのぞいてみよう。彼女の笑顔に導かれ、日本統治時代を旅してみれば、時空と言葉の隔たりを越えて、我々日本人も何かしらの共感を覚えるはずだ。何しろ台湾の歴史は、日本の歴史ともつながっていたのだから。

文=天野健太郎