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歴史をひも解く際に注意深くあらねばならぬであろうことの一つに、
ほどこうとしている歴史が、どんな部分の事柄に、どんな立場の人が、
どういうスポットライトを当てようとしているのか——があります。
眼差しのありようが変われば歴史はいとも簡単に変わるもの。
では、台湾史にかかわる書籍はどんな眼差しをもって描かれているのでしょうか。
多様な台湾の、多面的な奥深さを、じっくり味わってみませんか。

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概説書を読んでみる(2)

文=黒羽夏彦

1945年、日本の敗戦により植民地支配は終わった。当初、台湾の人々は中華民国への帰属を歓迎していた。ところが、二二八事件、白色テロと続く抑圧を目の当たりにして、権威主義体制に対する反発、さらには諦めが台湾社会の中で伏流するようになる。1970年代に入り、国連代表権を喪失するなど国際的孤立が深まる中、当時の総統・蒋経国は方向修正を模索し始めた。本省人の支持を獲得できなければ政権の存続は危うい。こうした危機感から中華民国の台湾化・民主化へと向けて舵を切る。さらに、蒋経国の死後に総統へ昇格した李登輝の政治改革により、政権交代可能な現在の体制へとつながってくる。こうした政治史的経緯については若林正丈『台湾──変容し躊躇するアイデンティティ』(ちくま新書、2001年)が客観的な考察を行っており有益である。

台湾で台湾史について自由な議論ができるようになったのは、1980年代後半以降、ようやく民主化されてからのこと。殷允芬・編(丸山勝・訳)『台湾の歴史──日台交渉の三百年』(藤原書店、1996年)は近代化経験を日本と比較するという意欲的な論点を打ち出している。台湾を「一つの中国」に含めた歴史認識が前提とされているが、「中国」の近代化における立ち遅れを批判的に見据えようとした点ではやはり民主化時代の産物といえよう。

民主化以前の権威主義体制の時代には中華文化の正統な後継者という建前があった。そのため、台湾の学校で教えられていた歴史はあくまでも中国史であって、身近な台湾の歴史を知る機会は乏しかったという。そうした中、むしろ海外に亡命した独立運動家たちが台湾史を書き上げることに心血を注ぎ、先駆的な役割を果たしていた。史明『台湾人四百年史』(音羽書房、1962年)【外部リンク】や王育徳『台湾──苦悶するその歴史』(弘文堂、1964年)などである。

ところで、『台湾人四百年史』というタイトルからも窺〔うかが〕われるように、こうした著作で歴史の対象となるのは17世紀以降の漢族系移民であることが暗黙の前提とされ、それ以前から台湾に暮らしていた原住民の存在は事実上無視されている。国民党の公定史観への対抗言説としての性質を帯びていたため、台湾ナショナリズムが強調されたのも当時としてはやむを得なかったかもしれない。しかしながら、「一元的な中国史」に対して「一元的な台湾史」を以て抗するのでは、イデオロギー闘争の隘路〔あいろ〕に陥りかねない問題をはらんでいたともいえる。

漢族系住民が渡来するはるか以前から台湾には原住民が暮らしており、多様な文化的豊かさを持っている。1945年以降に移住してきた外省人にしても、すでに半世紀以上の年月を経ている以上、台湾という土地にすでに馴染んでいる。このようにさまざまな来歴を持つ人々がこの島に集まり、重層的な歴史経験を共有していることを積極的に肯定していこうという捉え方が現在の台湾では主流である。周婉窈(濱島敦俊・監訳、石川豪・中西美貴・中村平・訳)『図説 台湾の歴史』(増補版、平凡社、2013年)は原住民の歴史に多くのページを割いているほか、オランダ統治時代や日本統治時代についても他の時代と並列的に扱っている。多文化主義という現代のスタンダードな観点を踏まえて描かれた台湾史としてまず本書から手に取ることをお勧めしたい。

(次回は6月にお届け予定です)

OLYMPUS DIGITAL CAMERA黒羽夏彦(くろはなつひこ)
台湾専門ブログ「ふぉるもさん・ぷろむなあど」、書評ブログ「ものろぎや・そりてえる」を運営。1974年生まれ。出版社勤務を経て、2014年3月より台南の国立成功大学文学院華語中心へ留学。東アジアの近現代に交錯したさまざまな人物群像に関心を持ち、台湾に視点を置いて見つめ直したいと考えている。