中国語の「達人」はその道のプロ。
台湾にかかわるプロは、いったいどんな台湾ブックに触れているのでしょうか。
初回は台湾在住の作家、木下諄一さんにご案内いただきます。
(1)をまだ読んでいない方はこちら→

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激動の時代に生きた男と女「大和撫子」(2)

文=木下諄一

物語の構成も大変おもしろい。
最も存在感があるのは前回紹介した女性なのだが、
主人公は別の台湾人男性で、物語は彼の視点を通して展開する。
言い換えれば、彼は最初から最後まで語り部の役割を担っている。

彼ら二人はお互いを特別な存在と意識しながらも、それ以上の発展に及ぶことばない。
このなんとも微妙で不安定な感情が物語の底辺に流れている。
その上に当時の出来事がいくつも重なりながら展開していく。

敵機襲来と空襲、それについて知ったかぶりであれこれ意見する民衆。
敗戦後、民衆の前で謝罪させられる日本人警察官。
日本人の残した碁盤を漁って、それで下駄を作ってひと儲けしようとする職人。
迷信を盲信して雨乞いする無知な民衆。
それぞれの出来事はどれも遥か昔に起きたことなのだが、
スナップ写真を見るように鮮やかに描かれており、
読み手は知らず知らずのうちにその場にいるようなタイムトリップした気分にさせられてしまう。
これぞまさに鄭清文の文章スキルの高さによるものだと思う。

そして全編を読み終えたあとで残るもの、それは時代に翻弄された男女の姿。
時代の大きなうねりの中では、人はどうすることもできず、
夢も愛情もすべて歴史の中に葬り去られてしまうという儚さだ。

さて話は変わるが、この小説を読み終えて、とても気になることが一つあった。
それは「大和撫子」は実在したのだろうかということだ。
これについては鄭清文本人に直接聞いたことがある。
彼はこれまでにも自分の作品の登場人物について、
「これはモデルがあった」とか「これは自分の創作だ」とか
こっそり裏舞台を教えてくれたので、今回も教えてくれるだろうと思っていたのだが、
「大和撫子」については意外にも

「いたといえばいたし、いないという気もする」

というなんとも曖昧な答えだった。
結局それ以上聞くこともできず、依然謎のままである。
ただ、そのとき思ってもみなかった、とても興味のある話を聞くことができた。
「実はこれは3部作。書きたい女性があと二人いる」
ということは今後少なくともまだ2作読めるということだ。
今から待ち遠しいばかりである。

(終わり。次回は映画監督の酒井充子さんです)

column#1「大和撫子」鄭清文著
2012年9月出版の短編集『青椒苗』(麥田出版)所収の短編作品。台湾の文学雑誌『聯合文学』(聯合文學)誌上で2005年9月と2006年2月、2度に分けて発表された。
木下諄一(きのしたじゅんいち)
台湾在住作家。小説『蒲公英之絮』(印刻出版社)が第11回台北文学賞を受賞。自由時報のコラムをまとめた『随筆台湾日子』(木馬文化出版)が好評発売中。写真は「大和撫子」の著者鄭清文さんと。