「出版社」の枠を超えて

文=中村加代子

news#PH1

2014年5月4日、「台湾で本を売ること、作ること」というトークイベントを行いました。
企画したのは不忍ブックストリート。本好き、本にまつわる仕事をしている人たちの集まりで、
谷中・根津・千駄木界隈のお散歩マップを作ったり、一箱古本市の企画・運営をしたりしています。
ゲストは、台北で田園城市文化事業を立ち上げ、
出版社・書店・ギャラリーを営む陳炳槮(チェン・ビンセン)さん。
聞き手は聞文堂の天野健太郎さんが務めてくださいました。
当日は、会場となった築約100年の谷根千<記憶の蔵>いっぱいの方にご来場いただきました。

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台湾を旅行中の知人より、田園城市文化事業について教えてもらったのは、2013年暮れのこと。
その一月後には、経営者の陳炳槮さんと日本で初対面を果たし、
さらに4か月後には、トークイベントに出演していただくことになったのでした。

台湾で打ち合わせをした時から、これは熱いトークになりそうだな、という予感はしていました。
何しろ陳さんは、自身が手がけた本のこととなると、話が止まりません。
本には1冊1冊命が宿っている、それをできるだけ永らえさせるのが自分の仕事なのだと、
身振り手振りを交えながら、熱っぽく話してくれました。

それが決して大仰でないというのは、田園城市の本を見れば、すぐにわかります。
1冊の本を作るのに、どれだけの手間をかけているのか、
あるいはどれだけ面白がっているのかということが、
本の佇〔たたず〕まいから感じ取れてしまうのです。

たとえば香水の瓶がまるごと埋め込まれた本、
たとえば磁石の仕込まれた六角形の本、
たとえば1冊ずつ柄の違う台湾原住民手織りの布にくるまれた本、
たとえば表紙から中身がはみ出してしまっている本、
たとえばビニールバッグを模した持ち手つきの本……。
日本の常識では考えられないような本の数々に、来場者も目が釘付けです。

最も驚くべきことは、田園城市にとっては、それが日常だということ。
田園城市の本には、型なんてありません。内容やコンセプトに照らして、
その1冊にぴったりのデザインを練りあげていくのが、彼らの仕事なのです。
なんとまあ楽しそうなことでしょう。
「だから離職率の高い台湾でも、
うちの社員たちはここを離れようとしないんだよ」と陳さんは笑います。

とはいえ、気になるのはやはり、コストのことです。
質疑応答でもコストについての質問が出ましたが、陳さんは涼しい顔。
原価はだいたい定価の30~40%、台湾の新刊書店で横行しているような不必要な割引をせず、
しっかり売っていけば利益は出せるのだそうです。
また、一緒に仕事をする印刷会社にしても、よそではなかなか作れないような本の奥付に
自社の名前が載るわけですから、格好の宣伝になります。
だから期待に応えようと、良い仕事をしてくれるのだそうです。

さらに陳さんは、本の売り方にもこだわります。
先ほども書いたとおり、台湾では新刊本の割引販売をよく目にします。
読者としてはうれしい限りですが、そのしわ寄せは、ほかでもない、出版社にいくのだそうです。
それに加えて、取次の配本に任せていては、
田園城市の本を本当に必要とする人の手に届けられないのでは、という懸念もありました。

そこで陳さんは、10年前、
事務所スペースの一部を使って、田園城市生活風格書店をオープンしたのでした。
これで丹精込めて作った本を売るための環境も整いました。
書店の地下には、ギャラリーも併設。
すでに評価の定まった人ではなく、
台湾の若手アーティストの作品を紹介するためのスペースとして活用されています。
陳さん曰く、
「ここを台湾のアーティストに本を出してもらうためのプラットフォームにしたい」とのこと。
陳さんの目は、次世代の育成まで見据えているのです。

最近では、約30年に及ぶ出版業界での経験を活かし、
ブックディレクター業やアドバイザー業まで幅広く引き受けているとか。
年に4~5回は訪れるという日本でも、本の仕入れに余念がありません。
「ほら、うちの社名には「出版社」という文字は入っていないでしょう?」と、
いたずらっぽく笑う陳さん。
そうか、「文化事業」という名前は、そういう広がりまで示唆していたのかと、
来場者と一緒に私も膝を打ったのでした。

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中村加代子(なかむらかよこ)
不忍ブックストリート実行委員。
台湾人の母と、台湾人と日本人の間に生まれた父を持つ。
現在WEBサイト「trixistexts」に掌編小説を連載中。
http://trixistexts.tumblr.com/