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歴史をひも解く際に注意深くあらねばならぬであろうことの一つに、
ほどこうとしている歴史が、どんな部分の事柄に、どんな立場の人が、
どういうスポットライトを当てようとしているのか——があります。
眼差しのありようが変われば歴史はいとも簡単に変わるもの。
では、台湾史にかかわる書籍はどんな眼差しをもって描かれているのでしょうか。
多様な台湾の、多面的な奥深さを、じっくり味わってみませんか。
シリーズ3回目は台湾美術史にまつわるお話です。

#1概説書を読んでみる(1)→
#2概説書を読んでみる(2)→

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台湾近代美術の葛藤(1)

 
文=黒羽夏彦 

私事で恐縮だが、筆者は今年の3月から台湾南部の古都・台南に住み始めた。台湾出身の画家・陳澄波の生誕120周年を前にして企画された「澄海波瀾 陳澄波百二誕辰東亜巡廻大展 台南首展」(2014年1/18~3/30)にぴったりのタイミングなのはうれしかった。陳澄波にまつわる展覧会はさらに北京、上海と回った後、彼の母校・東京藝術大学でも「青春群像──東京美術学校を卒業した台湾近代美術家たち」と題して開催され(9/12~10/26)、11月から来年の2月末にかけては台北の故宮博物院にて「藏鋒──陳澄波特展」が開催される予定である。

陳澄波が生まれたのは1895年──台湾が下関条約で清朝から日本へと割譲された、まさにその年であった。また、彼の展覧会が日本や中国でも開催されるあたりから、彼の足跡が台湾に限らず広く東アジアに及んでいたことがうかがわれる。彼が油絵に傾けた情熱は東アジア近代の激動と分かちがたく結びついていた。今回は陳澄波という画家を手掛かりに、台湾近代美術史について瞥見〔べっけん〕してみたい。

家庭環境に恵まれていなかった陳澄波は公費で通える総督府国語学校師範科へ進学した。台湾における「近代化」「日本化」を推進するため総督府は教育を重視しており、日本語教育の担い手となる教員の養成を目的として伊澤修二によって設立されたのが国語学校である(後に師範学校へ改組)。日本の近代的教育システムには美術の科目も含まれており、国語学校は台湾で初めて西洋美術に触れることのできる場となった。陳澄波の才能は、ここで出会った美術教師・石川欽一郎によって見いだされた。

陳澄波も含め、日本統治時代の台湾で美術の才能を開花させた人々については森美根子『台湾を描いた画家たち──日本統治時代 画人列伝』(産経新聞出版、2010年)が恰好な手引きとなる。第2回帝展(帝国美術院展覧会、現在の日展)に台湾人として初めて入選した彫刻家の黄土水、工芸の普及に尽力した顔水龍、台湾初の女流画家(日本画)陳進など18人の台湾人芸術家のほか、前述の水彩画家・石川欽一郎、フォービズムの塩月桃甫、台湾民俗図絵を描いた立石鐵臣という台湾の魅力にのめり込んだ3人の日本人も紹介されている。

本稿のタイトルを「台湾近代美術の葛藤」としたが、ここでいう「近代美術」とは具体的には西洋美術を指す。ただし、西洋という属性をいったん保留した上で芸術に向き合う態度の近代性を考えてみると、次の2点が挙げられるだろう。

第一に、対象を客観的に観察して描く写実性。中国の伝統的な水墨画では様式美やそこに込められたある種の精神性の表現が重視され、写実性にはこだわらない。写実性は、科学的思考の基礎となる観察眼を養う点で国策としての教育政策にかなう。同時に、身近な風景をつぶさに観察して描き出そうとする態度は、台湾という自分たちの風土の美しさを再認識することにつながった。こうした基礎を築いたところから石川欽一郎は台湾近代洋画の先達として高く評価されている。1

第二に、主観的な個性を推奨するリベラルな教育観。型にはまった技巧を凝らすのではなく、自分の眼に映った主観的な美しさをそのまま積極的に打ち出すこと。陳澄波の油絵に見られるフォルムの崩れた荒々しさは観る者を困惑させるかもしれない。だが、そこにこそ陳澄波という一つの個性によって捉えられた世界の見え方が表現されている。彼の画風は恩師・石川の淡いタッチの水彩画とは対照的だが、石川は陳自身の個性が強くにじみ出た絵を描き続けるようアドバイスしていた。

(続きます!)

OLYMPUS DIGITAL CAMERA黒羽夏彦(くろはなつひこ)
台湾専門ブログ「ふぉるもさん・ぷろむなあど」、書評ブログ「ものろぎや・そりてえる」を運営。1974年生まれ。出版社勤務を経て、2014年3月より台南の国立成功大学文学院華語中心へ留学。東アジアの近現代に交錯したさまざまな人物群像に関心を持ち、台湾に視点を置いて見つめ直したいと考えている。

  1. たとえば、謝里法《日據時代台灣美術運動史》(再版、藝術家出版社、2011年)、李欽賢《台灣美術之旅》(雄獅図書、2007年)など。 []