中国語の「達人」はその道のプロ。
ご案内いただくのは中文コラムニストの新井一二三さんです。
1曲の歌詞に始まった興味が、
のちに1冊の本になるまでの物語を全7回でお届けいただきます。
第5回、ようやっと再会を果たすまでのお話です。

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カラスミ物語(5)——魏徳聖『海角七号』

文=新井一二三

1975年にグレープの『朝刊』で知り、その後邱永漢著『食は広州に在り』で憧れ続け、とうとう1996年に初めて味わったカラスミ。産地であり李昂著『夫殺し』の舞台である西海岸中部の鹿港では、まるでお祭りの焼きトウモロコシのようにごろごろ並べて売られていたのに、一時の気のゆるみで買い損ねてしまい、再会する道を何年も探しあぐねていました。13年後に再び出合うことができたのは、ちょっとした機転がものをいったのでした。

私は2008年から明治大学で中国語映画のゼミを持ち、台湾映画についても紹介するようになりました。その縁で台湾から研究で来日中の先生と出会い、ちょうど春節の頃、「台北に一時帰国しますが、何かほしいものはありませんか」と声をかけていただいたのです。台湾からのお土産といえば、パイナップルケーキとウーロン茶が定番です。それぞれに美味しいのですが、カラスミにはかないません。あっ、どうして今まで思いつかなかったのでしょう。「カラスミがほしいんです」と言えばよかったのです。

というわけで、故郷で年を越された先生から「日本人もカラスミが好きだなんて知りませんでしたよ」という感想とともに受け取ったカラスミ。邱永漢氏が書かれていたとおりに、薄皮を向いて強火で表面だけあぶり、薄切りにしたものに、大根のスライスを添えて口にはこべば、やっぱり旨い! 世界三大珍味はフォアグラ、キャビア、トリュフ、それぞれ東アジアの珍味に置き換えると、北京ダックの前菜に出て来る鴨レバー、台湾のカラスミ、京都の松茸ということでしょうか。旨い!

こうして、台湾から我が家の冷凍庫に至るカラスミ街道が開通しました。それから5年というもの、冷凍庫のカラスミが絶えたことは一度もないのですから、その昔台南一の食道楽だったという邱永漢氏のお父上にも負けません。

ちょうど2008年に、台湾最南端の恒春半島を舞台とする映画『海角七号』が封切られて、現地で大ブームを巻き起こし、史上最大のヒット作となりました。日本に住む私も、繰り返しDVDを見ては繰り返し泣くありさま。次の休みにはぜひ映画の舞台となった土地に行きたい。とはいえ、小学生の子ども二人を抱える身。家族全員を説得として帯同する以外、旅に出る方法はありません。説得のため、映画を見せ、さらに香港で出版されたガイドブック『下一站南台湾』に掲載されたカラスミ制作現場の写真も見せました。

「カラスミ食いたい」。親の食い意地が遺伝したのでしょうか、当時小学6年生だった息子がうめくように言いました。これで決まりです。一家4人、カラスミを目指して台湾へ飛び立ったのは、2009年も押し詰まった12月末のことでした。

(続きます!)

column#3PH新井一二三(あらいひふみ)
東京生まれ。中文コラムニスト、明治大学教授。台湾『聯合報』『中国時報』『自由時報』、中国『南方都市報』などにコラムを連載。中国語著作に[我這一代東京人][獨立,從一個人旅行開始][東京迷上車][台灣為何教我哭?][歡迎來到東京食堂](大田出版、台北)など、日本語著作に『中国語はおもしろい』(講談社現代新書)、『中国、香港、台湾映画のなかの日本』(明治大学リバティブックス)など。