中国語の「達人」はその道のプロ。
ご案内いただくのは中文コラムニストの新井一二三さんです。
1曲の歌詞に始まった興味が、
のちに1冊の本になるまでの物語を全7回でお届けいただきます。
最終回、新井さんの視点は世界へと広がります。

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カラスミ物語(7)新井一二三『歡迎來到東京食堂』

文=新井一二三

日本でカラスミは長崎の名産。その長崎には明代に中国大陸から伝わったといわれています。しかし、現在の中国にカラスミはなく、台湾の特産とされています。そして、台湾に行くと、今度は、カラスミの製法は日本から伝わったのだとする説があり……と堂々巡りの様相を呈するのですが、視野を大きく取って見れば、南ヨーロッパのイタリアやスペイン、フランス南部にギリシャ、トルコ、つまり地中海沿いに北アフリカからブルガリア、ルーマニアまで広大な地域に、まったく同じあるいは鯉やニシンの卵を使った類似の食品があり、その歴史はローマ帝国時代にまでさかのぼるといわれています。それに対し、日本での歴史は最も古いところで豊臣秀吉に献上されたという記録がある程度、そして秀吉は高砂国こと台湾の王様に書簡を送ったということですから、やはり大航海時代に入ってからヨーロッパ人が東アジアにもたらしたものが、ボラの産卵地である台湾で発展し、そこから日本の長崎にも波及してきたと考えるのが妥当でしょう。

ヨーロッパ人で台湾に最も大きな影響を与えたのは17世紀頭に約40年間、現台南を拠点におおよそ全島を支配したオランダ人で、彼らはニシンやウナギを食べることで知られていますから、カラスミの製法を台湾に伝えたとしても、不思議ではありません。そのオランダ人を台湾から追放したのが、国姓爺として知られる鄭成功で、彼は中国人の父と日本人の母の間に長崎平戸で生まれた人物ですから、「カラスミは大航海時代の味」といえそうですね。いずれにせよ、エキゾチシズムたっぷりの食品です。

世界三大珍味にキャビアが数えられるごとく、魚卵のおいしさは世界各地の人々に知られてきました。日本で人気があるのはおにぎりの定番メニューたらこにお寿司の定番メニューいくら。九州福岡発の明太子も20世紀末の20年ほどで全国区進出を果たし、たらこスパゲッティは和風メニューかと思いきや、シシリア島などにある魚卵をオリーブオイルで溶いたソースに酷似との指摘もありというわけで、まさに海に国境がないごとく、食べ物にも実は国境などないようです。日本の田舎で明治末年に生まれた私の祖母は、やはり魚卵が大好きで、晩年になっても台所の鍋には子持ち鰈の煮付けだけでなく、たらこの白滝和えなどもありましたが、これって見かけも味もたらこスパゲッティにそっくりですよね。

グレープの『朝刊』でカラスミという言葉を知ってから早40年近くの、ここに記した物語を、一足先に中国語で著し、近刊『歡迎來到東京食堂』中に「魚卵的世界」という1章を立てて紹介しました。機会があればご覧くださいませ。
(了)

おすすめの台湾本
新井一二三『台灣為何教我哭?(なぜ台湾は私を泣かせるのか)』(2011年、大田出版)

column#9PH映画『海角七号』に刺激され、中国語エッセイシリーズ19冊目にして、とうとう台湾への思いをテーマとする1冊の本を書くことになりました。魏徳聖監督との対談、映画の感想、舞台となった恒春半島への旅の記録、近世以降の日台関係をめぐる物語などなど。嬉しかったのは、この本を読んだ台湾の読者のうち、何人かが「いてもたってもいられず、台北から車を飛ばして南部へ行った」とブログに書いてくれたこと。機会があれば、ぜひ日本の皆さんにも読んでいただきたいと思います。

column#3PH新井一二三(あらいひふみ)
東京生まれ。中文コラムニスト、明治大学教授。台湾『聯合報』『中国時報』『自由時報』、中国『南方都市報』などにコラムを連載。中国語著作に[我這一代東京人][獨立,從一個人旅行開始][東京迷上車][台灣為何教我哭?][歡迎來到東京食堂](大田出版、台北)など、日本語著作に『中国語はおもしろい』(講談社現代新書)、『中国、香港、台湾映画のなかの日本』(明治大学リバティブックス)など。