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文=赤松美和子

一国家一言語一文学という近代文学の常識を鮮やかに覆し、
漢文、中国語、日本語、台湾語など多様な言語からなる台湾文学。
この多元性、ハイブリッド性こそが台湾文学のいちばんの特徴です。
今回からは作家を一人ずつ紹介していきます。初回は、さて?

#1 清朝〜日本統治時代はこちら→
#2 終戦〜70年代まではこちら→
#3 80年代〜2000年代まではこちら→
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台湾の空気を描き出す作家、黄春明(1)

第1回から第3回は、ハイブリッドな台湾文学史を駆け抜けました。今回からは台湾の作家を順にご紹介します——といってみたものの、実は、どの作家を最初にご紹介したらよいか、すごく迷いました。台湾文学はそのハイブリッド性ゆえに、一つの基準で測ることができないからです。それに加え、まだ日本であまり知られていない作家をご紹介したいという欲望や、やっぱり有名どころからいっときますかという責任感や、ぶっちゃけ、文学って個人的なものだから、赤松ってこういう趣味なんだと思われるのも恥ずかしいし(自意識過剰でごめんなさい)、このコラムをご覧くださっている皆さんの好みや趣味も存じませんし、面白くなかったらせっかくの機会なのに申し訳ない——といった不安と、台湾の作家の名前が私の頭の中をぐるぐる廻ったからです。でも決めました。皆さんに最初に出会っていただきたい台湾の作家は、台湾の空気を描き出せる作家、「さよなら・再見」の作者・黄春明です。

列印

黄春明(1935-)は台湾東部の宜蘭県羅東鎮に生まれました。8歳の時に母親を亡くし、継母と折り合いが悪く、家出した後、退学、転校を繰り返したそうです。そんな黄春明が初めて小説を発表したのは学生時代の1956年でした。それ以来、台湾に生きる普通の人々の物語を多く小説に著し、台湾の現実を描くその作風から郷土文学作家といわれています。日本でも、田中宏、福田桂二訳『さよなら・再見』(1979、めこん)に「さよなら再見」「りんごの味」「海を見つめる日」の3作、垂水千恵、山口守訳『鹿港からきた男』1(2001、国書刊行会)に「銅鑼」「坊やの人形」が所収され、翻訳出版されています。また、葉金勝監督「さよなら・再見」(1987)、侯孝賢監督「坊やの人形」(1983)など映画化された作品も数多くあります。

黄春明の『さよなら・再見』は、日本で3番目2に翻訳出版された小説集で、台湾ではベストセラーに、日本でも台湾文学としては異例の重版になりました。表題作「さよなら・再見」3は、日本人のおじさん7人組の買春観光団の通訳をする羽目になった台湾人青年の物語です。2013年に台湾を訪れた日本人は約142万人、男女比は6:44ですが、1977年に台湾を訪れた日本人は約56万人、そのうち9割が男性だったそうです5。「さよなら・再見」に描かれている日本人は、残念ながら、植民地時代の日本の優越感を引きずっている上に、金に飽かせて台湾の女の子を相手に買春するという見たくもないオッサンたちです。黄春明は、そんな日本のオッサンたちをどんなふうに描いているのか、黄春明の語りの巧みさと品格をどうぞ味わってください。

(続きます!)

10250674_794106527269313_1092258525_n赤松美和子(あかまつみわこ)
大妻女子大学比較文化学部准教授。
博士(人文科学)。1977年、兵庫県生まれ。
2008年、お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。専門は台湾文学。
著書に『台湾文学と文学キャンプ―読者と作家のインタラクティブな創造空間』(東方書店)がある。

  1. 黄春明以外の作家の作品も所収。 []
  2. ちなみに最初は、1974年1月に出版された陳紀瀅著、藤春光訳『荻村の人びと』(新国民出版社)、二冊目は、1979年2月に出版された陳若曦『北京のひとりもの』(朝日新聞社)です。 []
  3. 初出は『文季』第一期(1973年8月)。 []
  4. 男性84万368人、女性58万1,182人。中華民国交通部観光局HP http://admin.taiwan.net.tw/index.aspx2013年1月から12月までの「観光月報」「來臺旅客性別及來臺目的統計」をもとに筆者が算出。 []
  5. 田中宏「あとがき」『さよなら・再見』208ページ。 []