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文=赤松美和子

一国家一言語一文学という近代文学の常識を鮮やかに覆し、
漢文、中国語、日本語、台湾語など多様な言語からなる台湾文学。
この多元性、ハイブリッド性こそが台湾文学のいちばんの特徴です。
作家を紹介する初回は黄春明。その作品で描かれる世界観とは?

#1 清朝〜日本統治時代はこちら→
#2 終戦〜70年代まではこちら→
#3 80年代〜2000年代まではこちら→
#4 黄春明の生い立ちなどはこちら→
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台湾の空気を描き出す作家、黄春明(2)

列印

物語の中で、日本人おじさんたち買春観光団一行は、電車での移動中に日本留学予定の学生に出会います。買春観光団の通訳に嫌気がさしていた青年は、一つのアイデアを思いつきます。買春観光団と学生が互いの言語を解さないのをいいことに、両者を嘘の通訳で仲介し、青年がほんとは言いたかったことを言ってしまうというものです。

青年は、買春観光団を大学教授の視察団として、日本留学予定の学生を抗日研究専攻の学生と偽って、それぞれを引き合わせます。さらに、学生からの質問を、日本による大陸侵略や植民地統治、戦後の経済侵略への批判に訳し変え、日本人買春観光団を責め続けます。一方、学生には日本の大学教授からの忠告としていい加減な気持ちで日本に行っても得る者はないと諭し——果たして黄春明は両者にどんな結末を与えたかは、読んでのお楽しみ!

黄春明の小説に生きる登場人物たちは、貧困ゆえに体を売って働かざるを得ない少女(「さよなら・再見」)、売春宿から逃げ出しシングルマザーとして子どもを産み育てる母親(「海を見つめる日」)、出稼ぎの途中でアメリカ人の運転する車に轢かれ脚を失ってしまった父親(「りんごの味」)、時代の変化により職を失った銅鑼叩き(「銅鑼」)、生活のためにサンドイッチマンを生業とする父親(「坊やの人形」)など社会の犠牲になりながらも個人として逞しく生き抜く愛すべき人々ばかりです。こうした個人への鋭く温かな眼差しは、お金ですべてを解決しようとするアメリカ人外交官(「りんごの味」)、植民地意識を捨てきれず売春観光にやってきた日本人のおじさんにまで向けられています。痛快に風刺しながらも単純に断罪し書き捨てることなく、個人を肯定し、生かしてくれるのが、黄春明の小説の世界なのです。

黄春明の小説は、子どもに語り聞かせるように優しくわかりやすく、台湾を考えるより感じさせてくれます。タイトル「さよなら・再見」が、日本語と中国語を単純に羅列したものではないということを、読まれた方はきっと感じてくださることでしょう。

(次回は来月更新の予定です!)

10250674_794106527269313_1092258525_n赤松美和子(あかまつみわこ)
大妻女子大学比較文化学部准教授。
博士(人文科学)。1977年、兵庫県生まれ。
2008年、お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。専門は台湾文学。
著書に『台湾文学と文学キャンプ―読者と作家のインタラクティブな創造空間』(東方書店)がある。