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第1部 2 アトリーの夜          『複眼人』より
            
 ワユワユ島の人々は、この世界に自分たちの島しかないと考えていた。
 彼らの島は、どこまでも広がる大海原にぽつんとあり、どの大陸からも遠く離れ、だから島民の記憶によれば、白人がこの島へやってきたことはかつてあったが、この島を離れた島民が、島以外の土地について何か知らせをもたらしたことは一度もなかった。ワユワユ人は海が世界そのものだと信じた。カバーン(ワユワユ語で「神」を意味する)はこの島を創造し、彼らに与えたが、それは大きな水桶にぽとりと浮かべた小さな二枚貝の殻のようなものと考えられていた。ワユワユ島は潮に流され、海を漂泊した。海はまた、ワユワユ人に食物を与えた。ただし、海洋生物の一部はカバーンの化身であり、たとえば「アサーマ」と呼ばれる白と黒の色が交じった魚は、ワユワユ人を見張りにきたカバーンなのであり、食べてはならなかった。
 「もしアサーマを食べてしまったら、おへそのまわりに鱗〔うろこ〕が生えてきて、剝がしても剝がしても一生、生え続ける」
 クジラの骨の杖をつきながらデコボコ道を歩く海読みは、毎日夕暮れどきになると、樹の下に子どもたちを集め、ワユワユ島の海にまつわる物語を話して聞かせた。たとえば、太陽はどうして海に隠れてしまうのか。あるいは、子どもが大人になるための通過儀礼のこと。海読みが話を始めると、決まって海の香りが漂った。彼が吐く息にはいつも塩分が混じっていた。
「鱗が生えてきたらどうしたらいいの?」
 一人の子どもが尋ねた。島の子どもたちは皆、夜行性動物のような大きな眼をしていた。
「おやおや、子どもたち。人に鱗は生えないよ。ウミガメがおなかを空に向けて眠ることがないようにね」

 ある日、土読みは子どもたちを山のくぼみへ連れて行った。そこには「アカバー」——手の平のような、という名の植物が生えていた。島では数少ない、でんぷんを含む植物である。アカバーが群生するさまは、まるで無数の手が空へと伸び、お祈りをしているかのようであった。島は小さすぎ、道具はろくなものがなかったから、島の人々は作物を植えると、石を砕いて周りに壁を作った。そうして風を遮り、土壌の湿度を保つのだ。「愛を。愛で土を囲ってやる。土はワユワユ島の大事な宝。雨水や女の心と同じくらい大事に」 そう言って土読みは、石をどう置けばいいか、子どもたちに教えるのだった。土読みの肌は乾ききった泥のようにひび割れ、背中は丘のように曲がっていた。
「この世界で信じられるものは、カバーンと海と土だけだ。わかったかい、子どもたち」
(略)

 島ならどこも同じだが、ワユワユ島には雨水と、島の中央にある小さな湖以外に淡水はなく、いつも飲み水が不足した。主な食物である鳥と魚は塩分を多く含み、おかげでワユワユ人は色が黒く、ガリガリだったし、おまけに便秘で苦しんだ。毎朝早く、自分たちが掘った大便穴にしゃがみ、海に背を向けて排便する。皆、強く踏ん張るから、両目からいつも涙がこぼれた。

 島は小さかった。普通の大人の脚力なら、だいたい朝食のころ出て、昼食が終わるくらいの時間までには、ぐるりと一周することができた。そんな島の大きさのせいか、人々はよく、「海に顔を向け」と「海に背を向け」という大らかな言葉で、今自分がいる方向を示した。基準となるのは、島の真ん中にある小さな山であった。彼らは、おしゃべりするときは海に顔を向け、食事のときは海に背を向け、祭事のときは海に顔を向け、男女が交わるときは海に背を向けた。どれもカバーンのタブーを犯さないためであった。
(略)

 島の人々が「海の音が聞こえない場所」へ行くことは決してなかったから、彼らが口にする言葉は、どれも海と関わりがあった。朝、顔を合わせれば、「今日は海に出るか?」と挨拶したし、昼なら「海に出て、運試しするか?」と言葉を交わした。仮に風が強くて海に出られなかった日でも、夜、誰かと行きあえばやっぱり「あとで今日の海の話を聞かせろよ」と声をかけた。島の人々は毎日、海で魚を捕ったが、岸からそれを見かけたものは大声で、「マーナに名前をさらわれんなよ!」と叫んだ。マーナとは海の波のことだ。またどこかで誰かとすれ違ったなら必ず、「今日の海の天気はどうだ?」と訊き、訊かれたものは、たとえ大荒れの日であろうと、「よく晴れてる」と答えなければならなかった。ワユワユ語の音は、海鳥の叫び声のように鋭く、よく響いた。また息継ぎのときは、海鳥の翼のような、かすかに震える音がした。そして何か言い終わるごとに、海鳥が海に飛び込むときに聞こえる、波を裂くような余韻を残した。
(略)

 今、海岸に座っている少年は、この島でいちばん美しく、いちばん丈夫なタイラワカ(ワユワユ人が造る船)を持っていた。彼の顔は、ワユワユ人が持つべき特徴のすべてを備えていた。凹んだ鼻、奥まった瞳、太陽のような肌、さらに憂鬱〔ゆううつ〕な背中と矢のような手足があった。
「アトリー。そんなとこに座ってんじゃない! 海の怪物に見つかるぞ!」
 道端の老人が、少年に向かって叫んだ。
(略)

 アトリーは父から船造りを学んだ。島の人々は、少年たちの中で彼がいちばん船作りがうまいと褒めた。そう、兄のナリダよりもずっと。年はまだ若かったが、アトリーの肉体は魚と見紛〔みまが〕うほどで、一息の潜水で、オニガシラトウギョを3匹捕まえることができた。島の若い女性は皆、密かに、アトリーに恋した。いつか、歩いているときに彼が道を遮り、草の茂みへ連れていかれることを夢見た。そして月が3回丸くなったころ、自分が妊娠していることを、こっそりアトリーに告げるのだ。あとは何事もなかったかのように家に帰り、彼がクジラの骨で作った刀を手に、結婚の申し込みにやってくるのを待てばいい。あるいは、島でいちばん美しい少女、ウシュラーもそう思っていたかもしれない。
「あの子が次男でなければ、どれほどよかったか。次男であるものがどれだけ潜りができてもしょうがない。海の神は次男を欲しがる。島は要らない」
 アトリーの母はいつもそうこぼし、それを聞く周囲の人もただうなずくしかなかった。優れた次男を持つことは、ワユワユ人にとっていちばん辛いことであった。アトリーの母はその分厚い唇を震わせて、朝も夜も同じことを言った。まるで言い続けていれば、いつかは次男たる運命を変えられると信じているかのように。
 ワユワユ島では、長男が早死にでもしないかぎり、次男が結婚することはなかった。彼らは、生まれてから180回月が丸くなったころ、戻ることのない航海の任務を与えられた。水を10日分だけ積み、舳先を返すことは許されない。ワユワユ島にはこんな決まり文句があった——「お前ンとこの次男が帰ってきてからな!」つまり、絶対に実現しないことを揶揄していう言葉であった。
 アトリーのまつげが瞬き、肌に乾いた塩の結晶がきらり輝いた。まるで海神の子であった。明日はタイラワカで出航する。アトリーは海岸でいちばん高い岩によじ登り、白いシワのように押し寄せてくる波を遠く眺めた。水鳥が汀〔みぎわ〕に沿って飛んでいる。彼は、空を飛ぶ鳥の影のように軽やかなウシュラーを思い出した。彼の心は、100万年も波に打たれた岩のように、今にも砕けてしまいそうだった。
 空が暗くなり、アトリーに思いを寄せる島の少女たちはしきたりにしたがい、彼を待ちぶせた。アトリーは草の茂みに近づくごとに、少女たちに手をつかまれた。アトリーは、それがウシュラーであるように願ったが、どれも違っていた。アトリーは待ち伏せしていた少女一人一人と体を重ねた。それは彼がこの島に残す最後のものであった。手を取られた少女とは、必ず交わらなければならない。これはワユワユのしきたりであり、道徳であった。次男たちに、島に自分の子どもを残す機会を与えたのだ。またワユワユの若い女たちもその夜だけは、自分から男を待ち伏せてよかった。
(略)

 空が魚の腹のように白くなったころ、アトリーはようやくウシュラーの家の近くにたどり着いた。すると草の茂みから一本の腕が軽やかに彼をつかまえた。
(以下略)

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 天野健太郎
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