台湾で書店に行くと、驚くほど日本の翻訳本が出ていることに気づく。
台湾でカフェに行くと、必ず書棚があることに気づく。
出版文化、なんて言い方があるけれど、文化は場所によって違うもの。
——でも、どんなふうに?
台湾で、台湾人による、出版文化について訊いて回った。
どんなふうに本と付き合ってるのか、について。
初回は不況といわれる台湾の出版界でヒットを飛ばす編集者に訊く第2回。

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編集者に訊く—梁心愉さん(新経典文化・副編集長)

取材・文=田中美帆

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確かに編集の仕事は地味だ。表に立つわけではなく、裏でいろんな仕事をやる。心愉さんによれば、台湾での編集謝礼は決して高くないのだそう。1冊の編集にかかわって台湾ドル1万元(=約3万円)は一般的。ちなみに、大学卒業の初任給が台湾ドル2万5,000元程度。原稿料だって高くない。雑誌の取材1本3,000元(=約1万円)の中に、交通費や取材にかかった費用も含まれる。

地味だしそれほど給与がいいわけでもない。にもかかわらず、編集の仕事を続ける心愉さん。根っからの本好きだった。「子どもの頃から本を読むのが好きでした。父は公務員というごく一般的な家庭で、取り立てて経済的に恵まれていたわけではありません。でも、父が買ってくれた子ども向けの本は、すぐに読み終わっちゃったんです」

ある時、お父さんが伝記を扱った12冊シリーズを買ってくれた。孔子をはじめとした中華圏で知らぬ人はいない偉人ばかりが扱われていた。だが、それもあっという間に読み終わった。あまりの速さに疑いを持ったお父さん。ちゃんと読んだかどうか心愉さんをテストした。「孔子といえば?」「至聖先師1」、「岳飛2といえば?」「精忠報國3」……次々と即答してみせた。ちなみに、1巻ごとにそれぞれの偉人を代表する四字熟語が設定されていたので、答えるのは比較的楽だった、とは心愉さんの弁。だが、その即答ぶりに舌を巻いたお父さん。「これならすぐには読み終わらないだろう」と今度は10巻もある百科事典を買ってきた。

「今、編集の仕事に大いに役立っているのは、この百科事典を読んでいた経験だと思います」と心愉さんは言う。実際、彼女がこれまで担当してきた本のジャンルは多彩だ。文学では三浦しをん、ビジネス書ではピーター・ドラッガー、写真だって撮る作家呉明益……それまでやったことがない書籍であっても抵抗なく担当できるのだそう。

中でも印象に残っている担当書籍のエピソードを訊いてみた。

ある時、担当していた書籍が中国時報開巻年度好書4として選ばれ、その授賞式に出席した。そこで見知らぬ編集者と名刺交換をした。すると相手が言った。「あの本のご担当ですよね? わたしが今年読んだ中でいちばん素晴らしかったです」。編集者にとって、何よりの称賛だ。「わたしはもちろん作家ではありません。だけど、その人が読んだ書籍は、いってみれば『舟を編む』と同じで翻訳が大変でした。ものすごーく長い文章の中に、読点が一つしかないんです。『この修飾語、どこまでかかってるの?』って(笑)。その苦労がちゃんと伝わっていたのはうれしかったですね」

だけど心愉さんって編集者であって、翻訳家ではないですよね?と訊ねると、こう答えてくれた。「編集って、やっぱり責任があるじゃないですか。だから、翻訳だってよくないと、自分でやらなきゃいけない。いちばん面倒なのは明らかに元の文章と訳に差があるとき。だからこっちも直すんだけど、手を入れると怒る人がいるでしょ?」(笑)

編集者の抱える悩みは、台湾も日本もさほど変わらないのかもしれない。副編集長として、出す本の原稿にはすべて目を通す。自分の担当については、好きな作家であればあるほど余計に緊張する、と心愉さん。「実は最近、同僚が『この人どう?』と提案してきた日本の作家さんがいるんです。名前を聞いただけで緊張しちゃいました。だって、すごく好きな作家だったから」。え、それってどなたです?と訊ねてみたが「それはまた今度ね」と笑顔でかわされた。

台湾の編集者の姿を教えてくれた心愉さん。台湾の本にかかわる人にはどんな人がいるのか、ますます興味が湧いてきた。
(了)

(次回は来月お届けの予定です)

  1. 孔子の別名。孔子は紀元前・中国春秋時代の人とされているが、後の皇帝によってさまざまな別名で呼ばれた。至聖先師はその一つとされる。 []
  2. 中国南宋時代の武将。中国の歴史上では国を救った偉人として知られる。 []
  3. 全精力をささげて国に忠誠を尽くす、という意。岳飛は母によってこの語を入れ墨されたという逸話がある []
  4. 台湾の新聞社・中国時報で1988年に始まった書評コラム「開卷周報」から生まれた良書を選定する賞。89年から「十大好書」として年に10冊が選ばれる。 []