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歴史をひも解く際に注意深くあらねばならぬであろうことの一つに、
ほどこうとしている歴史が、どんな部分の事柄に、どんな立場の人が、
どういうスポットライトを当てようとしているのか——があります。
眼差しのありようが変われば歴史はいとも簡単に変わるもの。
では、台湾史にかかわる書籍はどんな眼差しをもって描かれているのでしょうか。
多様な台湾の、多面的な奥深さを、じっくり味わってみませんか。
シリーズ5回目は台湾研究にまつわるお話です。

#1概説書を読んでみる(1)→
#2概説書を読んでみる(2)→
#3 台湾近代美術の葛藤(1)→
#4 台湾近代美術の葛藤(2)→

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台湾研究に情熱をかけた人々(1)

文=黒羽夏彦

1895年の下関条約により台湾を手に入れた日本。しかし、植民地統治なんて初めての経験。何から手をつけてよいものやら戸惑う。1898年に台湾総督府民政長官となった後藤新平の「ヒラメの目をタイの目にすることはできない」という発言は有名だが、統治を実効的なものとするにはまず実態をありのままに把握する必要がある。こうした政策立案上のプラグマティックな発想から台湾研究の第一歩が印された。すなわち、後藤の発案による台湾旧慣調査である。

台湾総督府に設立された臨時台湾旧慣調査会には織田萬〔おだ よろず〕、岡松参太郎〔おかまつ さんたろう〕(二人とも京都帝国大学教授)といった法学者の名前が並び、その成果は、台湾私法、清国行政法、蕃族慣行研究などにまとめられた。統治のための法律整備を目的としていたことがうかがわれる。こうしたあたりは春山明哲『近代日本と台湾──霧社事件・植民地統治政策の研究』(藤原書店、2008年)の第2部「台湾統治政策の展開」に詳しいが、原住民族の慣行の人類学的調査研究は法制史上、貴重な分野であることに岡松は気づいていたと指摘されている。

日本人がこれまで知らなかった熱帯の新天地・台湾。多種多様な動植物を繁茂させている豊かな生態系、そして首狩り族──こうした噂は多くの学者や冒険家たちの好奇心をいやがうえにもかき立てた。考古学や民族学の方法論を最初に意識して調査を行った先駆けとしては鳥居龍蔵の名前が挙げられる。鳥居が残したスケールの大きな足跡をたどるには中薗英助『鳥居龍蔵伝──アジアを走破した人類学者』(岩波現代文庫、2005年)がよい。

柳本通彦『明治の冒険科学者たち──新天地・台湾にかけた夢』(新潮新書、2005年)は未知なる領域への憧れと明治人らしい気概とが相まった3人の生涯を描き出している。伊能嘉矩〔いのう かのり〕はまだ首狩りの風習の残る山地に分け入って彼らの生活を観察した。さらに清朝以来の文献資料を徹底的に収集、そうした彼の遺稿をまとめた『台湾文化志』は台湾研究の古典として今に至るも評価が高い。田代安定〔たしろ やすさだ〕は不遇をかこつ中でも熱帯植物研究に打ち込み、ジャングルの中に植物園を作り上げた。森丑之助〔もり うしのすけ〕は原住民社会に深く入り込んで彼らと親しく付き合っていたが、ちょうどその頃、第5代台湾総督・佐久間左馬太〔さくま さまた〕が山地の原住民族に対する討伐作戦を実施。研究成果が利用されたばかりか、森自身が案内役を務めなければならなくなり、台湾を離れた。その後、再び台湾へ戻ったが、基隆港を出航した船から忽然と姿を消してしまうという謎の最後を遂げている。

山地の原住民社会に受け入れられた人物としては鹿野忠雄〔かの ただお〕も逸することはできない。もともと東京生まれだが、小さい頃から無類の昆虫好き。台湾で採集された昆虫標本を見たのをきっかけに台湾への憧れを募らせ、台北高等学校へ進学したという変わり種。学生の頃から一人で山地へ分け入っては昆虫採集にいそしみ、タイヤル族の少女に恋をした逸話も伝わる。大学卒業後は単に動物学のみならず、民族学・考古学・地理学と幅広いジャンルに関心を広げた。太平洋戦争の勃発後、陸軍の命令で南洋へ赴任、敗戦間際の1945年に北ボルネオの山地へ入ったが、そのまま消息を絶った。軍律違反で憲兵に殺害されたという噂もあるが、真相は分からない。こうした異色の生涯については山崎柄根『鹿野忠雄──台湾に魅せられたナチュラリスト』(平凡社、1992年)で描き出されているほか、鹿野自身の遺著『山と雲と蕃人と──台湾高山紀行』(文遊社、2002年)も復刻されている。

彼らの数奇で悲劇的な生涯は作家的イマジネーションを刺激するようだ。たとえば、藤崎慎吾『遠乃物語』(光文社、2012年)は台湾から故郷・遠野へ戻った伊能嘉矩を主人公とした伝奇小説だが、台湾で感染したマラリアの発作で異世界を垣間見るシーンがカギとなる(なお、『遠野物語』を著した柳田国男と伊能は親交があり、伊能の死後、柳田は『台湾文化志』の刊行に尽力した)。また、辻原登『闇の奥』(文春文庫、2013年)で主人公たちが追い求める謎の民族学者は鹿野忠雄をモデルとしている。

続きます!

OLYMPUS DIGITAL CAMERA黒羽夏彦(くろはなつひこ)
台湾専門ブログ「ふぉるもさん・ぷろむなあど」、書評ブログ「ものろぎや・そりてえる」を運営。1974年生まれ。出版社勤務を経て、2014年3月より台南の国立成功大学文学院華語中心へ留学。東アジアの近現代に交錯したさまざまな人物群像に関心を持ち、台湾に視点を置いて見つめ直したいと考えている。