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文芸作品の芳醇な台湾ですが、もちろん日本だって豊かで実り多いもの。
その文芸をつくりあげていく役者の一人として欠かせないのが、編集者です。
では、その欠かせない一人は、台湾をどうみているのでしょうか。
どうやらすっかり台湾のファンになってしまった、
一人の編集者の視線に映る台湾を教えてもらいました。
初回は、台湾なのだけれど、こんなところでつながりが!というお話から。

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談志と志ん朝のような 前編

文=楠瀬啓之

先日、谷根千で行われたイベント「台湾で本を売ること、作ること」へ出かけてきました。台北で出版そのほかを手掛ける「田園城市文化事業」の陳社長に聞文堂の天野さんが公開インタビューする企画です。詳細は中村加代子さんがレポートしているこちらへ。中村さんと会場でお会いましたが、目鼻立ちのはっきりした美しい女性で、それもそのはず往年の台湾映画を代表する、さるスター女優のお嬢さんなのだそうです。

陳社長自ら手売り(!)するためスーツケースいっぱいに持ってきていた田園城市の本は、デザインなどがいろいろ面白く刺激的で、中国語を読めないくせに4冊買い込みました。1冊は侯孝賢監督の『悲情城市』公開20年を記念して作られた本(『凝望・時代』)。帰途、重たい本の袋を片手に夜の不忍通りをだらだら歩いていると、立川談志師匠の自宅マンション前に出ました。3年前に亡くなったあの落語立川流家元とは、『人生、成り行き 談志一代記』という聞き書きの自伝を作ったことがあります。

談志師匠、侯孝賢の映画が好きだったなあ。高座でも、「台湾映画、いいですヨ。日本にはなくなった、まっとうな生活があって。文明なんぞ、そんなに要らないですヨ。人間が暮らすって、あの程度で充分なんじゃないですか」なんてしばしば言っていたものです。監督の名前は正確に覚えていなかったようですが、この「台湾映画」は『童年往事』をはじめとする80年代の侯孝賢映画を指していました。

家元の映画の趣味は、その芸風に似合うような、似合わないような感じで、クラシカルで、小粋で、ちょっと純で、目のさめるような細部があって、監督・脚本の話法も役者たちの個人芸もピタリと決まるウェルメイドな作品を好んでいました。新旧ごちゃ混ぜで挙げると、たとえば『ワンダとダイヤと優しい奴ら』『レディ・イヴ』『ダイ・ハード』『生きるべきか死ぬべきか』『デーヴ』『ミラーズ・クロッシング』『シラノ・ド・ベルジュラック』『イースター・パレード』……。好みのラインはわかるでしょう? インタビューの席上でも、ふと脇道に逸れて、「この間、『ブロードウェイ・メロディ』を見直してたんだけど、〈ビギン・ザ・ビギン〉のエレノア・パウエルの動きはアスティア(と師匠は発音していました)をもう食っちゃってるんです」とフレッド・アステア、ジーン・ケリーあたりの話になると口調がすぐに熱を帯びてきます。

で、そんな師匠の侯孝賢評(『談志人生全集』第3巻より)。

「……『童年往事』を何気なく、ほんの暇潰し、という感じで観たのだが、その時身体に戦慄が走るような感動を受けた。そこには、私の育った環境と人情のすべてがあった。曰く、兄弟、両親、祖父母つまり家族。学校、宿題、カンニング、初恋、付け文、暑さ、喧嘩、現代では『初体験』と言いその頃は『筆おろし』と言った童貞破りの女郎買い、そして、若人の成長と成人の老い、老人の死。
 それらの人間の世界を、自然が支配している姿と共に、カメラは淡々と、いや、まったく逆か、重厚とでも言うべきなのか……その双方に交差して見える想いを私に抱かせ、息づまるような長い場(シーン)をカットなしにみせる手法は『ああ、ここに映画の原点があったのか』とすら思わせる見事な作品であった」

50年に及ぶ日本統治時代の名残りとして、台湾には今の日本には失われた戦前の美点、しつけ、言葉遣い、精神などが今なお存在する――というのは、ある世代以上の台湾人と日本人が出会う時の決まり文句のように見えます。最近読んだ一例を挙げれば、作家の乃南アサさんのインタビューに答えて、台湾最大の発行部数をほこる「自由時報」紙の呉阿明会長もまずこう言うのです(「中央公論」2013年9月号)。「僕は数えで22歳になるまでは、日本人だったんです」「だから、台湾人だけれども、今のあなた方よりもずっと本来の日本人らしい。なぜかというと、戦前の教育を受けているから。道徳観、倫理観というものを日本人として学んできたから」。

どこかクリシェによりかかっている感じも受けるのですが、やはり真実をついている面もあって、現に上の談志師匠(昭和12年生まれ)の文章からは、侯孝賢の映画に重く、甘い、確かなノスタルジアを感じたことが伝わってきます。そして、冷静な批評眼を持つ師匠は、自分にとって大切なノスタルジアを安易に一般化することはありません。『悲情城市』評も引きますね。

「長いショットも飽きたし、いや、わかったし、台湾人と、大陸からの人達との人種、生活、権力の葛藤も識らないし、それを外国人に解らせるべく撮ってはいない。(略)だが、相変わらずのその画面の美しさ、長いカットのギリギリまでを使う凄さ、俳優たちの良さ、初々しさ、特に祖父役の李天禄は『恋恋風塵』ほどの出番はないが光るのも、この人の人生の魅力であろう。きっとこの人は、頑固に、己の人生を正直に生きているに違いない。この人間像は演出で出来上がるものではない。
 この映画を若い世代一般に私は勧めない。『よかったですヨ』という答えは返ってこないであろうと思うからである。私達だけの想い出の中にある〝美しきもの〟を押しつけてまで〝観てもらいたい〟と勧めるのは、私の愛している人達だけにしたいものだ」

(続きます!)

楠瀬啓之(くすのせひろゆき)
新潮社出版部副編集長。『週刊新潮』『小説新潮』を経て『yomyom』創刊に加わり、現在に至る。
これまで関わった本に川上弘美『ニシノユキヒコの恋と冒険』、城山三郎『そうか、もう君はいないのか』、太田光『マボロシの鳥』など。最新の担当本は小林秀雄『学生との対話』、ミルン/阿川佐和子訳『ウィニー・ザ・プー』。新潮社のサイトはこちら。新潮社出版部のツイッターアカウントはこちら