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台北のカフェの長い午後   文=天野健太郎
 
 

喫茶店のことなら話すことはいくらでもある。筆者は台北で留学生活を送ったが、授業後の勉強はいつも喫茶店だった。何しろ何時間長居しても文句を言われないのだ。そのかわり値段は昼食の麺や弁当の2、3回分する。

師大路界隈から台湾大学(公館)にかけては当時から個性的なカフェが並んでいた。よく通ったのは山好きのマスターの店で、台湾にしては珍しくごちゃごちゃしていない、オレンジ色の内装が居心地よく、何より椅子と机が物書きに最適だった。

いつものように午後1時の開店早々到着し、マスターとあいさつしてすみっこの席に腰を落ち着ける。それから宿題をし、あるいは本を読み、文章を書いているとあっという間に日は暮れる。さて、荷物を片付けて勘定して、どっかで晩飯を食べて家に帰ろうか、あるいはまだ残ってるから別の喫茶店に行こうか、などと考えていると、マスターが笑顔で言った。

「晩ご飯食べてきなよ。荷物、席に置いといていいから。ただし貴重品は持っていってね」

いいのかな? と思いつつ、言われるがまま荷物だけ置いて、近くの麺屋で晩飯を済ませると、また同じドアを開け、同じ席に戻って作業を続けた。無論追加注文はなし。台湾でもいろんな喫茶店に入ったが、そんな申し出をされたは初めてだった。だいたい個人営業だから、店やマスターによって、客への態度はかなり違う。自分が決めたそれぞれの対処法で。

台湾のカフェブームはますます熱く、近年は喫茶店・カフェを紹介する本が引きも切らず刊行されている。中でもオススメは『台北咖啡印象』(流行風出版、2012年)だ。著者の水瓶子(シュエイピンズ)は、永康街近くで日本統治時代の台北帝国大学宿舎を修復保存した「青田七六」などでガイドを行っているほか、台北市内の史跡・文化施設・書店などを戦前・戦後の歴史を重ねて紹介した著書『臺北小散歩』(流行風出版、2011年)もあり、単におしゃれなカフェを紹介するのでなく、雑記風の文章でカフェを見守るマスターとカフェに長居する客の生態をいきいき描き出す。「マスターと客の化学反応が作る」カフェのムードは、どの店も自ずと異なってくるのだ。

台北のカフェの移り変わりは早い。新しい店が次々開店する一方、馴染みの店はいつの間にか消える。上記のマスターの店もすでに存在しない。大家の力が強く、賃貸契約更新が難しいことも大きいが、一方で起業しやすい社会的ムードのおかげとも言える。ただノートブックから無線LANを繋ぎ、黙々と、あるいは電話しながら過ごす無制限の長居カフェ文化は、人中心でまわる台湾からなくならないし、個性的なカフェも決して消えることはないと思うのだ。

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※本文は『な~るほどザ台湾』2013年5月号掲載を加筆・修正したものです。

天野健太郎(あまの けんたろう)
1971年、愛知県生まれ三河人。京都府立大学文学部国中文専攻卒業。2000年より国立台湾師範大学国語中心、国立北京語言大学人文学院へ留学。帰国後は中国語翻訳、会議通訳者。聞文堂LLC代表(ツイッターアカウント「 @taiwan_about 」)。台湾書籍を日本語で紹介するサイト「もっと台湾(http://www.motto-taiwan.com )」主宰。訳書に『台湾海峡一九四九』龍應台著(白水社)、『交換日記』張妙如、徐玫怡著(東洋出版)、『猫楽園』 猫夫人著(イースト・プレス)。『日本統治時代の台湾』陳柔縉著(PHP研究所)。俳人。