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文=赤松美和子

一国家一言語一文学という近代文学の常識を鮮やかに覆し、
漢文、中国語、日本語、台湾語など多様な言語からなる台湾文学。
この多元性、ハイブリッド性こそが台湾文学のいちばんの特徴です。
今月は台湾文学が作られる夏の風物詩?をご紹介します。

#1 台湾文学史 清朝〜日本統治時代はこちら→
#2 台湾文学史 終戦〜70年代まではこちら→
#3 台湾文学史 80年代〜2000年代まではこちら→
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暑中見舞いに代えて

夏到来! 今年も文学キャンプの季節がやってきました。台湾の作家を順に紹介する予定でしたが、いきなり番外編で失礼します。だって、台湾の夏といえば文学キャンプなんです。「文学キャンプって何?」——はい、待っていました、その質問。文学キャンプというのは、作家・文芸編集者・読者ら文学愛好者が一堂に会する文学研修合宿のことです。それに、文学キャンプに行くと作家に会えるんです。

実は、私も初めて聞いた時には、文学キャンプがどんなものか全く想像がつきませんでした。文学は個人のものだし、日本の場合、村上春樹のようにメディアでもリアルでも会えない作家ほど有り難い感じがしますよね。それに、個人のものである文学と、集団で行うキャンプという営為が真逆なものに感じられて、どうしても頭の中で結びつかなかったのです。

そこで、文学研究に体力が求められる日が来ようとは夢にも思わなかったのですが、2005年の夏、リュックを背負って、ICレコーダーを片手に、勝手に突撃取材に出かけてみました。若かったのね、私も。そこで出会ったのは、作家に会いたい、作家になりたい、文学好きの友達がほしい、暇だった、恋人がほしい、仕事の研修点になるからなど、さまざまな理由で参加している小学生から80代までの文学愛好者たちでした。

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自分の作家デビューのきっかっけが文学キャンプだったと講義で語る作家にも出会いました。たとえば、季季1は、18歳の時に文学キャンプと聯考2の日が重なり、聯考を蹴って文学キャンプに参加し小説賞を獲得して作家になったと教えてくれましたし、陳雪3は、大学3年生の時に、ほかの人がどうやって作家になったのか知りたくて文学キャンプに参加したのが作家になったきっかけの一つだ、と語ってくれました。

文学キャンプが開かれる夏は、文学愛好者たちのさまざまな思いが、直接顔を合わせることにより繋がり、形を成す、台湾文学が作られる季節なんです。

ところで、文学キャンプはいつ始まったのでしょう? 文学キャンプの歴史の始まりは、反共が声高に叫ばれていた1950年代に遡ります。1949年に台湾へ渡った中国国民党総裁・蒋介石は、反共教育の必要性を感じ、息子・蒋経国にエリート青年組織「中国青年反共救国団」を設立させました。((蒋経国は1952年創設時から73年まで主任を務め、救国団を利用して、自分の腹心を育て、本省人の幹部も養成していきました。1970年以降の救国団は、大規模な余暇活動を独占的に提供し、戦後の台湾の人々の生活に広く浸透していきます。ちなみに、救国団は、中国共産党における共産主義青年団(共青団)に相当します。))そうして夏休みほぼ1カ月間、さまざまなキャンプを催していました。その一つが1955年に始まった文学キャンプです。

想像してみてください。講師は作家、参加者は学生、1カ月合宿して、文学の講義を受けて、創作の指導を受けられるんですよ。たとえば村上春樹や中島京子と1カ月合宿して指導受ける機会があるなんて信じられます? こうして文学キャンプからは多くの作家が誕生しました。

反共という初志が形骸化してしまったあとも、ほかに楽しいことがいっぱいあるにもかかわらず、文学キャンプは60年経った今もなお、開催され続けています。もちろん1カ月なんてさすがに無理、最近の主流は2泊3日で、文芸雑誌や大学、基金会、地方自治体などさまざまな団体が主催しています。

2014年の夏も台湾では、30近い文学キャンプが開催され、合計3,000以上の文学愛好者たちが参加していることでしょう。次回は、今年はどんな文学キャンプが開かれているのか、数ある文学キャンプの中から文芸雑誌が主催する二つのキャンプをご紹介しましょう。

(続きます!)

10250674_794106527269313_1092258525_n赤松美和子(あかまつみわこ)
大妻女子大学比較文化学部准教授。
博士(人文科学)。1977年、兵庫県生まれ。
2008年、お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。専門は台湾文学。
著書に『台湾文学と文学キャンプ―読者と作家のインタラクティブな創造空間』(東方書店)がある。

  1. 季季季(1945-)、台湾最大の新聞『中国時報』紙上で、1988年から90年まで文芸欄「人間副刊」の編集長を務めた。代表作に『拾玉鐲』がある。 []
  2. 台湾のセンター試験 []
  3. 陳雪(1970-)、代表作『悪女書』、白水紀子訳『橋の上の子ども』(現代企画室、2011)、白水紀子訳「天使の失くした羽をさがして」(『台湾セクシュアル・マイノリティ文学[3]小説集――『新郎新“夫”』【ほか全6篇】』(作品社、2009)所収 []