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文学作品だけでなく、中国・台湾の近代史にも造詣が深い温昇豪。
幅広いジャンルの本を読み込んできた彼の人生に最も影響を与えた小説とは?
思い入れの深いその本についてじっくり語っていただきました。

取材・構成=西本有里、撮影=熊谷俊之

 
もっと台湾(以下、も):高校生の時はいかがですか。
やはり続けて政治・歴史関連の書籍を中心に読んでいましたか。
溫昇豪(以下、溫):いえいえ、年齢の関係もあるのでしょうが、
高校生の頃にはまたもヒーローものに憧れる傾向が出てきました。
しっかりした男に成長したという自信も少しついましたし、
恋愛ものなどロマンチックな小説も読み始めました。

ご本人提供による書影。書棚がチラリ

ご本人提供による書影。書棚がチラリ


高校卒業をし、大学に入った頃に出会ったのが、
今回お薦めしたい朱少麟1の『傷心咖啡店之歌』2です。

1996年に出版された本ですが、
発売された当時はこの本の存在を知りませんでした。
大学時代、確か1998年か1999年頃、
「もし君が自分の存在意義について悩んでいるなら、
この本を読んでみるといい」
と友人から薦められました。
哲学書よりずっと理解しやすく、
登場人物の会話を通して読者にものを考えさせ、
哲学的な人生の道理を伝えている本だと思います。
当時はとても強い衝撃を受けました。

主人公は“馬蒂(マーディ)”という
仕事も恋愛もうまくいっていない女性です。
ある日彼女は傷心咖啡店というバーに入り、
そこでさまざまなタイプの人たちに出会います。
ある人は拝金主義者、ある人は完璧なルックスを持つ自由主義の象徴ともいえる人物、
また一般的なサラリーマンやゲイもいます。
彼女は彼らと生活の一部を共有し、会話をすることで、
自分とは異なるさまざまな考え方に触れ、変化していくのです。
台北を背景に物語は進んでいくのですが、
台北人を描くことはつまり現代人の縮図を描いているように思います。
この本を日本人の方にお薦めする大きな理由に、
台北という都市に対するそれぞれの人物の想いが描かれているからです。

:現代社会を生きる人々に贈る人生の哲学書ともいえる
深い小説のようですが、何度も読み返していらっしゃるのでしょうか。
:はい、僕はこれまで3回読み返しています。
初めて読んだときは“海安(ハイアン)”という人物に惹かれました。
彼は完璧なルックスを持ち、家は裕福で何不自由ない生活を送っています。
また自己中心的で自由主義を徹底している人物です。
読んだ時には、ハンサムで金持ち、そしてすべての女性の愛情を一身に集められる男!
もし僕が彼だったらどんなに素晴らしいだろう!と思いました。
しかし、成長して再度読み返した時、実は“海安”の心は空っぽで、
空虚な人間であることに気づきました。彼はすべてを手にしてはいるのですが、
それだけに、社会生活を営むために仕事をする必要がなく、
彼の存在意義は羽毛のように軽いのです。
しかし、一般的な人間の生活はそんな楽なものではありません。
農耕社会には人々は毎日田畑を耕し、農作物を収穫しなければ生きていけませんでした。
でも“海安”は人間が生きて行く上で最低限必要な仕事をする必要すらないのです。
ですから彼は多くの時間を思考することに割くのです。
しかし考えても考えても決して答えは出てきません。
考えれば考えただけまた新たな疑問が生まれるだけです。

初めて読んだ時は彼にものすごく憧れたんですが、
2回3回と読むにつれ、僕は絶対に彼のようになりたくないと思うようになりました。
人間の存在意義って……
そう、もしかすると仕事をし続け、その過程で何度も挫折を経験し、
学ぶことで徐々に体得するものなのかもしれません。
彼のようにそこにただ座って頭で考えるだけではダメなんですよ。

:初めて『傷心咖啡店之歌』を読まれたのは大学時代。
では2回目、3回目と読み返したのはいつ頃ですか。
:2回目に読んだのは芸能界に入った後です。
当時この業界ですでに何年か仕事をしていましたが、
初めの頃はそう順調ではありませんでした。
さまざまな問題にぶち当たり、挫折を経験し、
そんな中でこの小説の登場人物たちが抱く焦燥感を自分自身も感じました。

3回目はキャリアをものすごく順調に重ねていた1〜2年前です。
読んだ後、視界がパッと明るく開けた感じがしました。
自身の存在意義とは、何より自分で実践していくこと。

小説ではマダガスカルを主人公の殉教の地とし、パラダイスのように描かれています。
人にはそれぞれ自身の聖地があると思いますが、
今の僕にとって、聖地がどこであれ、「今を生きること」が何より重要で、
生活をきちんと送ることが、つまり自身の存在価値です。

この物語はオープンエンディングですが、悲しい結末ともいえます。
自分の存在意義とは何か、自由とは何か、という大きなテーマに、
はっきりとした答えが示されているわけではありません。
皆さんにもこの本をある程度時間をおいて
何度か読み返してみていただきたいなあと思います。

(続きます!)

 
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温昇豪(ウェン・シェンハオ)
1978年2月22日、台湾高雄市出身の俳優兼モデル。
2006年に公共テレビで放送された『危險心靈(危険な魂)』で演じた数学教師役で注目をされ、その後『敗犬女王-My Queen(原題:敗犬女王)』『P.S.男(原題:偷心大聖PS男)』などアイドルドラマに多数出演。2010年に出演した大ヒットドラマ『結婚って、幸せですか(原題:犀利人妻)』以降、『ズーム・ハンティング(原題:獵豔)』『候鳥來的季節(渡り鳥の季節)』『結婚って、幸せですか THE MOVIE(原題:犀利人妻最終回:幸福男·不難)』など映画作品への出演も多数。2013年には歌手デビューを果たし、EP『James Wen』を発売した。

  1. 1966年生まれの台湾嘉義市出身の女性作家。作品数は少なく、1996年『傷心咖啡店之歌』を発表して以来、現在までに『燕子(ツバメ)』、『地底三萬呎(地底三万フィート)』の3作品を執筆している。2000年に中国文藝協会の中国文藝小説創作賞を受賞している。 []
  2. 1996年10月に九歌出版社より出版されたデビュー作。この小説は中国大陸のポータルサイトsina新浪網の読書チャネルにて掲載され、大反響を呼ぶ。また2004年に誠品書店、聯經出版、聯合報副刊と公共テレビ曲文化事業基金会が共同で開催した投票イベント「最愛小説100」にも選出されている。 []