台湾で書店に行くと、驚くほど日本の翻訳本が出ていることに気づく。
台湾でカフェに行くと、必ず書棚があることに気づく。
出版文化、なんて言い方があるけれど、文化は場所によって違うもの。
——でも、どんなふうに?
台湾で、台湾人による、出版文化について訊いて回った。
どんなふうに本と付き合ってるのか、について。
台湾の漫画家を日本に売り出す、敏腕プロデューサーに訊いた。           取材・文=田中美帆

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

台湾オリジナルを育てる (2)—王士豪さん(友善之地文創開發有限公司・總經理)

unnamed

以前、一般書における台湾オリジナル作品対海外翻訳作品の比率は、3〜4割対6〜7割と紹介した。1漫画における台湾作品はさらに劣勢だ。日本作品の出版点数が多い出版社3社が、漫画単行本売上の上位を占め、シェアは6〜7割に上る。アニメは約8割が日本作品、アニメ関連企業の売上げのうち日本関連で7割を占める。2逆にいえば、台湾で漫画やアニメ、ゲームに触れている人は、住んでいる場所こそ違ってはいるけれど、日本の漫画・アニメファン、ゲームファンと変わらないということだ。王さんは言う。「わたしの親の世代は文化の差はあったかもしれませんが、わたしたちの世代は、日本のドラマも流行りましたし、漫画もアニメも台湾のゴールデンタイムで放送されていました。出身こそ台湾ですが、読むもの、遊ぶものは全部日本製ですよ。実を言うと、台湾のアイドルには詳しくないですし」(笑)

日本製品を台湾にローカライズして売る仕事から一転、王さんは、それまでの10年以上のキャリアと自分の理念、戦略の力を試すべく、舵を切った。2007年7月、台湾オリジナルの漫画家を育てることを目標に会社を起業したのである。13年までゲームの顧問や市場調査のレポート作成、版権売買など、すべての業務を一人でこなしながら、漫画家の育成にあたった。所属の漫画家は同人誌時代から知る友人が多い。彼らには実力もある。

漫画を描くには映画を一人で撮るのと同じくらいの能力が必要だ、という人がいる。確かに、単に絵がうまいだけではだめだ。ストーリー展開、キャラクター、紙面構成、構図…総合プロデュースの力が求められる。それだけの力は一朝一夕に身につくものではない。台湾の原稿料では食べていけない、と身につける前に辞めていく。そこで王さんが考えたのが、日本に売り込むことだった。台湾の作家が日本レートの原稿料をもらえば、暮らしてゆける。挿絵からはじめ、出版社やゲーム会社へと所属作家を売り込んでいくことにした。

実は王さん、インターネットが普及し始めた時に次はネットの時代だ、と考えていたという。「将来、インターネットの時代を迎えた時、台湾にほかと戦えるだけのコンテンツを用意しなければいけない、それは難しいけれども、いつかを目指してすぐに始めることが大事だと考えました。コンテンツは、時間とお金をかけずに出せといって出てくるものではありませんから。実際に、昔は6,000店舗あった貸本屋も今では2割にまで減って、スマホやタブレットで誰でもどこでも見られる時代になりました。最初から紙の本の多くはデジタルに移行すると感じていたので、うちの作家は、最初からデジタル対応で作品を作っています」

そうして会社設立から3年、大きな機会を得た。2010年6月28日号の『週刊少年ジャンプ』誌上に外国人作家としては初めて、所属の漫画家・彭傑さんの作品が掲載されたのである。ジャンプ誌上で枠を獲得するのは、東大に合格するより難しいともいわれる中、勝ち取ったのだった。「一緒に苦労してきて、やっとここまできました」。所属作家全員がなんらかの形で連載企画を持つまでになっている。

子どもの頃から数学と国語が得意だった。「今考えてみれば、国語ができないと人とのコミュニケーションは取れないでしょうし、数学がよくないと会社の経営は難しいと思います(笑)。そのどちらも、子どもの頃から訓練してきたことです。それに、会社をやるにあたって、一番役に立ったのは、日本の漫画から学んだ精神です。ツラいこともたくさんありましたが、前向きに考えることができたのは、読んできた漫画のおかげだと思っています」

2014年7月、海外初のONE PIECE展が台湾で開かれた。3 DeNAの「マンガボックス」では繁体字中国語に対応を始めた。コンテンツ産業の荒波の中で、プラットフォームは確実に紙媒体からデジタルへと移り変わってきている。王さんの将来を見据えた取り組みは着実に花開きつつある。

(了)

  1. 本シリーズ第2回で紹介している。リンク→ []
  2. JETRO報告書「台湾におけるコンテンツ市場の実態」2007年3月を参照。 []
  3. 公式サイトはこちら→ []