中国語の「達人」はその道のプロ。
今回ご案内いただくのは、台湾在住作家の片倉佳史さんです。
鉄道、建築はじめ、台湾全土かつ多ジャンルに目配りする片倉さんが
すすめてくださるのは、鉄道文学草分けの1冊です。

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宮脇俊三著『台湾鉄路千公里』(角川書店、1980年)
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「汽車旅」を通じて語られる1980年代の台湾

写真・文=片倉佳史

本書は1980(昭和55)年12月に角川書店から出された1冊。同年の6月2日から9日までの8日間、台湾を旅した作家・宮脇俊三(1926-2003)がその印象をまとめたものである。

著者の宮脇は鉄道紀行文学の第一人者として知られる人物。鉄道ファンはもちろんのこと、数多くの読者に愛された作家である。従来、いわゆる「鉄道もの」が文学作品として扱われることは少なく、宮脇自身もまた、自らの作品を文学の切り口で語ることはなかった。しかし、教養をさりげなく感じさせる文章と、簡潔で軽妙な表現の数々で多くのファンを得ていたのは事実。鉄道趣味者のみならず、今も幅広い読者に親しまれている。

本書はその宮脇にとって5冊目となる著作である。台湾に到着した6月2日は、初夏というよりは真夏のような陽気だったという。宮脇はまず、桃園空港からバスで台北駅に向かい、台湾一周旅行の準備を始めた。

旅の起点となったのは台北駅である。実はこの時の台北駅は現在の駅舎ではなく、1935(昭和10)年に竣工した先代駅舎であった。宮脇はこれを「上野駅に似ている」と書いている。それもそのはずで、上野駅は1932(同7)年竣工と、同世代の駅舎である。余談ながら、この時代の駅舎はほかにも嘉義駅や神戸駅、小樽駅、大連駅などがあり、いずれも同系のデザインである。赤レンガ建築から鉄筋コンクリート構造への変遷期に見られた駅舎建築のスタイルだった。

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出典『台湾建築会誌』(昭和10年)

 

その後、彰化駅では駅弁を買い、約30分遅れで自強号は高雄駅に到着する。駅前のホテルに投宿するも、部屋に入るなり、夜の案内を迫られるというハプニングがある。このホテルは駅前というロケーションもあって多くの旅行者に利用されていたが、現在は建て直されている。

翌日は阿里山鉄道に乗車するべく、嘉義に向かっている。その途中、台南で途中下車し、鄭成功ゆかりの地を訪ねようと「運河」を目指してタクシーに乗るのだが、ここで小さな疑問が残る。台南運河は1926(昭和2)年に竣工したものだが、ここは鄭成功と関わりのある場所ではない。きっと安平〔あんぴん〕を目指したものと思われるが、本書にはその記述はない。はたして、宮脇は安平に立ち寄ったのだろうか。

阿里山鉄道は世界中の鉄道ファンが熱いまなざしを向ける山岳鉄道で、宮脇もまた、相当な期待を抱いて列車に乗っている。本書でも阿里山鉄道の部分は全体の3割に近い紙幅を割き、詳述している。日本統治時代に敷設された森林鉄道は大きく取り上げるのに十分な魅力を誇り、宮脇の嬉々とした表情が目に浮かぶ。

本書では阿里山鉄道と並んでもう一つ、宮脇を惹きつけた路線がある。花蓮と台東を結ぶ台東線である。これもまた、日本統治時代に敷設され、台湾東部の発展に寄与した大動脈である。しかしながら、その規格は軌間(軌道幅)762ミリという小さなもの。台湾の在来線は日本と同じく軌間1067ミリである(新幹線は日台ともに1435ミリ)。つまり、新幹線の半分ほどしかない狭い線路をマッチ箱のような小さな列車が走る。しかも、阿里山鉄道とは異なり、急行列車や夜行列車まで走っているのだ。

このあたりの宮脇はもはや完全な興奮状態である。文章からもそういった気分が伝わってくる。それでも、台北や高雄、そして台湾の西部の車窓とは異なった東部独自の景観を冷静に描き、その風情を読者に紹介している。車内の様子や停車中に見られた駅での光景などに、当時の社会性や地域性を見出し、その印象が巧みに書き連ねられている。

私はかつて、ご縁をいただいて生前の宮脇に話をうかがったことがある。すでに17年ほど前のことになるが、その際、私が台湾に住んでいることを知るや、宮脇は身を乗り出すようにして関心を示し、いくつもの質問を私に投げかけた。

たとえば、自身が訪れた台東線は随所で軌間を広げる工事をしていたが、現在はどうなっているのか、台東駅前の旅人宿の老婆は元気にしているだろうか、花蓮港線(現在は廃止)の列車に乗客がいなかったのはなぜかなど、いずれも答えようのないものだったが、その口調と声色は、台湾への思い入れを如実に伝えていた。

そして、一息ついたところで、感慨深い表情を浮かべながら、「台湾にはなぜか惹きつけられてしまいますね」とつぶやいた。時間さえあれば、その「不思議な力」について、より深く尋ねたかったが、そのあたりは読者自身が本書から感じとっていただければと思う。

本書には台湾文化論や台湾の歴史論、国際的地位論といった記述は一切出てこない。ただ汽車に乗り、車窓を眺め、駅前を歩き、食堂で定食を食べ、安宿で夜を過ごす。こういった繰り返しの中から1980年代の台湾が語られる。そして、その姿がこれほどまでに雄弁だということには驚きを禁じ得ない。

趣味の観点からだからこそ見られる人々の暮らしぶりや土地の表情。生前の言葉を借りるなら、「日本と同じようで違う。けれども、確実に似たものを感じる」。それは車窓に流れていく田園風景であり、駅構内で機関車の入れ替え作業を行なう鉄道員の姿であり、市場でものを売る老婆の横顔だったりするのだろう。

戒厳令下、さまざまな不自由を強いられながらも、たくましく生きる人々の姿がそこにはあった。この時代の台湾に漂っていた空気を探る面白さ。日本統治下の台湾とも、近代化を成し遂げた現在の台湾とも異なった当時の姿を本書でたどってみたいところである。

(文中敬称略)

 

片倉佳史(かたくらよしふみ)
1969年生まれ。台湾在住作家。早稲田大学教育学部卒業。台湾各地に残る日本統治時代の遺構を探し歩き、古老たちの歴史的証言を記録している。著書に『台湾に生きている日本』『観光コースでない台湾』『台湾鉄路と日本人』『台湾 鉄道の旅』『台湾に残る日本鉄道遺産』など。