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日本統治時代・台北 スケッチの旅     文=天野健太郎
 
 
 

やっと新しい本を翻訳し終えた。日本統治時代の台湾を描く本であるため、調べごとでかなり時間を食った。台湾史の入門書から専門書、あるいは小説を読み、また当時の新聞や刊行物まで漁ったのだが、これは史実確認というより、原著が描く当時の風景、ムードを確かめるためであった。

とりわけ当時の街並みをイメージするのが難しかった。日本統治時代の台北は「城内」と呼ばれる清の時代に築かれた台北城(今の忠孝西路・中華路・愛国西路・中山南路)の内側と、萬華(西門町から龍山寺あたり)、大稲埕(迪化街周辺)が中心で、なるほど今と同じじゃないか、総統府だってあるんだし、と当初は思っていたのだが、原文を読めば読むほど、調べれば調べるほど混乱してしまった。台湾総督府(現・総統府)だって、よくよく調べたら1919年竣工であり、でんとそびえ立っていたのは日本統治時代50年の内、たかだか半分である。我々がわずかにイメージできていた日本統治時代とは、おそらくは終戦直前の姿でしかないのだ。

本棚に図鑑サイズの背表紙が見えた――『圖說日治台北城』(徐逸鴻著、猫頭鷹、2013年刊行)。翻訳の参考資料として買ったのか、趣味で買ったのかはもはや忘れたが、手にした結果は、とても役立つ参考書だったうえ、めちゃめちゃ楽しい絵本(大人向け)であった。

まず目を引くのは、1940年代の台北と1903年の台北の俯瞰〔ふかん〕図である。比べると全然違う。03年はまだまだ“台北城”の城壁が一部残り、総督府は平屋だし、新公園は影も形もない。俄然、建物一つ一つの変化が気になってページをめくる。総督官邸(現・台北賓館)は1899年建造で、その後1913年に大幅な改築がなされており、見開きページにその両者を並べ、ファサードから間取りまでその変化を見比べることができる。現在カフェや記念館として保存されることが多い日本住宅も、ここではすぱっと建物が輪切りにされ、畳や三和土〔たたき〕や台所など当時の生活の様子がのぞくことができる。写真ではこうはいかない。今はなき台北駅(2代目、3代目)も、俯瞰図と立面図により具体的なイメージが立ち上がる。

著者はあえて水彩絵筆で、古き時代の台北を再現した。柔らかな白黒の濃淡と少し揺れる線描が、不思議と写真よりもリアルだ。俯瞰とアップと断面と……さまざまな視点を組み合わせる、近年台湾人作家たちの特徴的な見せ方が素晴らしい。

一方、拙訳書『日本統治時代の台湾』陳柔縉(PHP研究所)は、当時の台北の写真が満載だ。ぜひイラストと写真で、あのころの台北の街並みをのぞき込み、当時の人々の暮らしを知ってほしい。

 
 

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※本文は『な~るほどザ台湾』2014年6月号掲載を加筆・修正したものです。

天野健太郎(あまの けんたろう)
1971年、愛知県生まれ三河人。京都府立大学文学部国中文専攻卒業。2000年より国立台湾師範大学国語中心、国立北京語言大学人文学院へ留学。帰国後は中国語翻訳、会議通訳者。聞文堂LLC代表(ツイッターアカウント「 @taiwan_about 」)。台湾書籍を日本語で紹介するサイト「もっと台湾(http://www.motto-taiwan.com )」主宰。訳書に『台湾海峡一九四九』龍應台著(白水社)、『交換日記』張妙如、徐玫怡著(東洋出版)、『猫楽園』 猫夫人著(イースト・プレス)。『日本統治時代の台湾』陳柔縉著(PHP研究所)。俳人。