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台湾の鉄道風景を人情で切り取る       文=天野健太郎

台湾は鉄道マニア垂涎の地である。世界三大登山鉄道の一つ、阿里山森林鉄道が(雨風にいたく弱いものの)元気に走り、台鉄は遅れたりボロかったりしつつ駅弁と旅情を載せて、日本統治時代の駅舎・設備が残るこの島を巡り、MRT(地下鉄)は軽い驚きとともに網の目を広げていき、色・形は少し違えど(トンネルが少ないので鼻が短いそうだ)日本製の新幹線(高鉄)が突っ走る。

『11元鐵道旅行(初乗り切符から始まる台湾鉄道の旅)』(遠流、2009年)は自然、登山、街歩き、歴史、子育てなど幅広い題材で知られるエッセイスト、劉克襄〔りゅうこくじょう〕が初めて著した鉄道エッセイである。

平渓、集集、牡丹、後壁など台湾各地の駅を訪れ、そこに集う人びとのおおらかさや、駅弁と地元屋台の美味しさを端正な文体と柔らかな水彩画で描き、読む者をあっという間に、台湾の鉄道風景のなかへいざなう。とりわけ、台湾新幹線の車窓風景を、1本の自然(と環境破壊の)ドキュメンタリー映画に見立てているのは出色である。

筆者の友人(台湾人)が台東へ遊びに行き、本書でも紹介されているひなびた駅、山里駅を訪れた。小さな教会が有名な穴場スポットだが、実際にこの駅を乗降する人はほとんどいない。(彼女自身も車で行ったのだ。)もうすぐ来る列車を見ようとホームに足を踏み入れると、駅長さんが出てきて「そっちはだめだ」と止められた。てっきり規則かなんかで叱られるのかと思ったら、駅長さんはやさしくこう言った――「あそこの展望台が見えるかい? 写真に撮るならあっちのが断然いい」 列車が走り去ったあと、駅舎で駅長さんとおしゃべりをした。この駅のこと、この村のことを一生懸命紹介してくれた。

長居しすぎたことに気づき、「教会に行きたいので」と別意を告げると、「悪いね。さっきの列車で今日の業務は終わりだから、教会までは案内できないけど、さっき電話しといたから、行けば中の人が案内してくれるよ」と、笑顔で見送ってくれた。仕事なんかとっくに終わっていたのに、駅長さんは見知らぬ観光客のためにわざわざ残っていてくれたのだ。「台北で暮らしているとどうしても、現実的で冷たい人間関係に慣れてつい忘れてしまうけど、台湾って本当はこういうところよね」と彼女は、悔恨とも感動ともつかない語気で言った。

子どものころは外国のように遠い存在だった台北へ働きに出たアミ族の少女が、自分が誰なのか見失うほど忙しい日々に、1日だけの帰郷をした。両親と束の間の再会をして、北へ向かう列車を待つ知本駅のホームで流した、彼女の涙の理由はなんだったのか――ぜひ本書で確かめていただけたら。

※本文は『な~るほどザ台湾』2013年1月号掲載を加筆・修正したものです。

 

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天野健太郎(あまの けんたろう)
1971年、愛知県生まれ三河人。京都府立大学文学部国中文専攻卒業。2000年より国立台湾師範大学国語中心、国立北京語言大学人文学院へ留学。帰国後は中国語翻訳、会議通訳者。聞文堂LLC代表(ツイッターアカウント「 @taiwan_about 」)。台湾書籍を日本語で紹介するサイト「もっと台湾(http://www.motto-taiwan.com )」主宰。訳書に『台湾海峡一九四九』龍應台著(白水社)、『交換日記』張妙如、徐玫怡著(東洋出版)、『猫楽園』 猫夫人著(イースト・プレス)。『日本統治時代の台湾』陳柔縉著(PHP研究所)。俳人。