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文=赤松美和子

一国家一言語一文学という近代文学の常識を鮮やかに覆し、
漢文、中国語、日本語、台湾語など多様な言語からなる台湾文学。
この多元性、ハイブリッド性こそが台湾文学のいちばんの特徴です。
今月は台湾文学のレジェンド、白先勇とその作品をご紹介します。

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台湾文学のレジェンド

作家紹介シリーズ第2回は、台湾文学のレジェンド、白先勇です。

hybrid#8PH撮影=徐培鴻、提供=白先勇

 

白先勇は、日中戦争開戦の1937年、中国江西省に生まれました。父親はおそらく台湾人中国人なら知らない人はいない国民党の将軍、白崇禧1です。白先勇も国共内戦の敗北に伴い、武漢、広東、香港へと逃れ、52年に台湾に渡りました。台湾一の名門男子校・建国中学を卒業後、長江三峡ダム計画2に参加したいという夢を抱いて成功大学で水利工学を学んだものの、文学への情熱を抑えきれず、台湾大学外文系に移り、大学3年生の時に文芸雑誌『現代文学』を創刊します。

60年代の台湾では、国民党による言論統制の下、中国近代文学も戦前台湾の近代文学も継承する道が閉ざされていました。大陸での生活経験が希薄な外省人第二世代も、日本語世代の親たちから文化資本を引き継げない本省人も、台湾に生きる青年たちは、新たな文学の誕生を渇望していました。白先勇たち若い世代は、近代を想像する参照例として西洋文学を受容し、中国古典文学を近代的に解釈しながら、閉塞状況を乗り越え、自分たちのアイデンティティ・クライシスを起点に台湾の現実を作品化していきます。3

こうして誕生した台湾モダニズム文学が掲載されたのが、文芸雑誌『現代文学』です。白先勇は新しい台湾文学を拓いた台湾モダニズム文学の先駆者なんです。なお、大学卒業後の63年に渡米した白先勇は、アイオワ大学大学院で学んだ後、カルフォルニア大学サンタ・バーバラ校で教鞭をとり、退職後もアメリカに在住しています。

今回は、日本で翻訳出版されている白先勇の短編小説集『台北人』(山口守訳、国書刊行会、2008年)、長編小説『孽子』〔ニエズ〕(陳正醍訳、国書刊行会、2006年)をご紹介いたしましょう。

『台北人』は、白先勇が1965年から71年までに発表した「永遠の尹雪艶」「一束の緑」「除夜」「最後の夜」「血のように赤いつつじの花」「懐旧」「梁父山の歌」「孤恋花」「花橋栄記」「秋の思い」「満天に輝く星」「遊園驚夢」「冬の夜」「国葬」14編の短編小説をまとめ4、71年に単行本として出版した小説集です。

『台北人』の主人公たちはいずれも台北生まれではなく、戦後国民党と共に台湾に渡ってきた大陸各地の出身者、つまり外省人第一世代です。反攻大陸を掲げ、大陸に帰れると信じ台湾に渡ってきたものの、中国大陸にも帰れず、若かりしあの頃にも戻れず、ディアスポラとして台北で生きるしかなかった外省人たちの物語に、白先勇は皮肉にも「台北人」というタイトルを付けているのです。

『台北人』14編の中で、男性が中心の物語はわずか4編。その内「梁父山の歌」「国葬」はいずれも葬式の日を描いており、企業戦士の退職後かと見紛う、大陸での過去の栄光と軍内部の人間関係にしか生きられない悲しき男たちの挽歌です。

では、女性たちはどうでしょう? たとえば「永遠の尹雪艶」は美魔女・尹雪艶の物語。尹雪艶は、台湾で老け落ちぶれ死んでいく男たちとは対照的に、上海でも台北でも永遠に変わらぬ美と魅力を持ち続ける強靭な女性として描かれています。上海で活躍したダンサー金兆麗が過去の栄光や恋を抱えながらも、戦後の台湾を生き抜く「最後の夜」には、40歳のキャリア女性の哀切なる思いが綴られています。『台北人』は、大陸での日々を想い続けつつも、台北での現実を受け入れ向き合い生きていく女性たちへの賛歌でもあるのです。

『台北人』には、もう一つの楽しみ方があります。それは、台北国立故宮博物院に行けなくても雅な世界を堪能できるところ。

たとえば、「遊園驚夢」の桂枝香のパーティファッションは、「朱砂のスパングルを散らした銀鼠色の薄絹のチャイナドレス」「銀鼠色に輝くハイヒールの靴」「蓮の実ほどもある大きなダイヤモンドの指輪」「小さなダイヤモンドを嵌めこんだプラチナのブレスレット」「三日月形の珊瑚の髪飾り」「1インチの紫玉のイヤリング」5——とため息もの。

その桂枝香が暮らす豪邸の大広間には、「二匹の龍が玉を争う図柄の厚さ二インチの大きな絨毯」「黒檀の木組みに流れ雲や蝙蝠を雲母で嵌め込んだ屏風」「60センチの高さの青い磁器の首長花瓶」「銅拍子」「弦楽器」「太鼓」「笙や簫など管楽器」「大きな銅鑼」6——など見事な調度品が並べられています。

白先勇の雅と美への知識とこだわりから織り上げられる煌びやかな世界も『台北人』の魅力の一つです。切なくも美しい『台北人』の世界にぜひ酔いしれてみてください。

なお、「最後の夜」(映画:1984、ドラマ:2009)、「孤恋花」(映画:1985、ドラマ:2005、2013)、「花橋栄記」(映画:1995)、「遊園驚夢」(映画:2000)の4編は映像化されています。ちなみに映画『遊園驚夢』の主役を演じているのは宮沢りえですよ。

(続きます!)
 

バックナンバー
#1 台湾文学史 清朝〜日本統治時代はこちら→
#2 台湾文学史 終戦〜70年代まではこちら→
#3 台湾文学史 80年代〜2000年代まではこちら→
#4 作家紹介第1回 黄春明・前編はこちら→
#5 作家紹介第1回 黄春明・後編はこちら→
#6 台湾文学は夏に作られる・前編はこちら→
#7 台湾文学は夏に作られる・後編はこちら→

 

10250674_794106527269313_1092258525_n赤松美和子(あかまつみわこ)
大妻女子大学比較文化学部准教授。
博士(人文科学)。1977年、兵庫県生まれ。
2008年、お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。専門は台湾文学。
著書に『台湾文学と文学キャンプ―読者と作家のインタラクティブな創造空間』(東方書店)がある。

  1. はく すうき。1893-1966年。国民党軍人。孫文の支持者として名を挙げ、日中戦争で指揮官として活躍する。国共内戦後は蒋介石との亀裂が戻ることないまま死亡。中華圏にとどまらず、欧米でもその戦略家としての手腕が知られる。 []
  2. 孫文が提唱したとされる中国最大のダム計画。2009年完成。ダムを抱えた地区は中国湖北省から重慶市に渡る。長江の水運に利便性をもたらし、国内の年間電力消費量のうち1割程度を確保する、とされる。 []
  3. 山口守「戦後台湾文学の流れ」(『講座 台湾文学』国書刊行会、2003年)、山口守「解説」(『台北人』国書刊行会、2008年))参照。 []
  4. このうち13編の初出は『現代文学』。 []
  5. 『台北人』(前掲)192ページ。 []
  6. 同194ページ []