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文=赤松美和子

一国家一言語一文学という近代文学の常識を鮮やかに覆し、
漢文、中国語、日本語、台湾語など多様な言語からなる台湾文学。
この多元性、ハイブリッド性こそが台湾文学のいちばんの特徴です。
今月は台湾文学のレジェンド、白先勇とその作品紹介、後編です。

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台湾文学のレジェンド

 

hybrid#8PH撮影=徐培鴻、提供=白先勇

 

前回ご紹介した『台北人』が、親世代である外省人第一世代の台北での現実を鋭く描きながらも、各小説が一句一連の漢詩のように雅やかで美しく結晶化されているのに対し、もっと生々しい白先勇の物語世界に入り込みたいというあなたにお薦めなのが、次にご紹介する『孽子〔ニエズ〕』です。

長編小説『孽子』は、同性愛者である息子の、父親との葛藤の物語で、1970年代の台北の男性同性愛コミュニティを描いています。1977年から81年にかけて連載され、83年に単行本として出版されました。

台湾では、90年代に同性愛小説が多く発表、評価され、現在ではセクシュアルマイノリティ文学が豊穣なる台湾文学の重要な一角を占めるに至っています。しかし、『孽子』が発表された70年代の保守的な台湾社会においては、この『孽子』の登場は衝撃的だったようです。現在では『孽子』は、同性愛文学の金字塔として台湾文学史に位置づけられており、1986年に虞戡平監督により映画化され、2003年に曹瑞源監督によりドラマ化され大ヒットした他、今年2月には舞台劇として公演されるなど、現代台湾を生き続けています。

『孽子』の主人公・李青は、実験室の管理職員である趙武勝との化学実験室での猥褻行為により、高校で退学処分を受けます。国民党の軍人である父親は激怒して李青を勘当、李青は「我々の王国」と呼ばれる新公園1の同性愛者コミュニティに足を踏み入れます。李青はそこで、同世代の若者はもちろん、『台北人』に描かれたような親世代や、もっと若い次世代など、さまざまな世代の同性愛者たちと出会い、彼らの壮絶な生き様に遭遇しながら自らの生き方を探っていきます。

ちなみに訳者の陳正醍先生によれば、「承認も受けていなければ、尊重されることもない」「極めて非合法な国」「かわいそうなくらい狭い」2と表される「我々の王国」は、同性愛コミュニティのみならず、台湾についての寓意でもあるそうですよ。3

『孽子』は、従来、台湾社会の周縁に置かれ黙殺されてきた同性愛者たちの苦悩、愛、性と生を描き表し、戒厳令下の台湾社会に突きつけました。新公園という同性愛者コミュニティに生きながらも、彼ら(息子たち)にとって、同性愛者であるがゆえに断絶せざるを得なかった父との関係は、決して消えることのない絶対的な痛みとして描かれています。彼らは痛みをかかえつつ同性愛コミュニティに生きながらどのように自己を回復していったのでしょうか。——それは読んでのお楽しみ! どうぞ慟哭してください。読み終えたあなたは、白先勇を通して、きっと新しい自分に出会えていますよ。

白先勇が描き出す文学の世界は、「永遠の尹雪艶」のように決して色褪せることなく、台湾の今を、読者の今を生き続けています。やっぱり白先勇は、台湾文学のレジェンドですよね! それではまた来月。

(次回は来月掲載の予定です)

 
 

バックナンバー
#1 台湾文学史 清朝〜日本統治時代はこちら→
#2 台湾文学史 終戦〜70年代まではこちら→
#3 台湾文学史 80年代〜2000年代まではこちら→
#4 作家紹介第1回 黄春明・前編はこちら→
#5 作家紹介第1回 黄春明・後編はこちら→
#6 台湾文学は夏に作られる・前編はこちら→
#7 台湾文学は夏に作られる・後編はこちら→
#8 作家紹介第2回 白先勇・前編はこちら→

10250674_794106527269313_1092258525_n赤松美和子(あかまつみわこ)
大妻女子大学比較文化学部准教授。
博士(人文科学)。1977年、兵庫県生まれ。
2008年、お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。専門は台湾文学。
著書に『台湾文学と文学キャンプ―読者と作家のインタラクティブな創造空間』(東方書店)がある。

  1. 現在の二二八和平記念公園。 []
  2. 『孽子』(国書刊行会、2006年)13ページ。 []
  3. 陳正醍「解題」(『孽子』(前掲)507-509ページ参照。 []