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陳芳明(ちん ほうめい/チェン・ファンミン)
1947年台湾・高雄に生まれる。輔仁大学歴史学部卒業、国立台湾大学歴史大学院修士課程修了。大学時代より現代詩に触れ、文学批評を発表。74年よりアメリカ留学、現地で反政府運動に関わる。92年帰国。民進党広報部長を経て、95年より静宜大学文学部講師など文学研究の道へ。国立政治大学台湾文学大学院設立に参加し、2005年初代院長(研究科長)。文学研究以外に、多くの散文集を上梓するとともに、政治活動から身を退いた今も、歯に衣着せぬ評論で民主化の成熟を訴え続けている。主な著作にエッセイ集『夢的終點』、文学評論『孤夜獨書』、文学理論書『左翼台湾:殖民地文学運動史論』、『殖民地台湾:左翼政治運動史論』、『後殖民台湾:文学史論及其周邊(ポストコロニアル台湾)』、『殖民地摩登:現代性與台湾史觀(コロニアル・モダニティ)』、および評伝『謝雪紅・野の花は枯れず―ある台湾人女性革命家の生涯』(邦訳は社会評論社、1998年)など多数。

 

著者について・読みどころ

“台湾文学”研究の第一人者である著者・陳芳明は、1947年(二二八事件の年)に生を受け、国民党独裁政権のイデオロギーが支配する時代に青春を過ごし、文学と出会った。アメリカ留学後、79年の美麗島事件がきっかけで、反政府雑誌『美麗島週報』に参加(80-83年)。結果ブラックリストに入れられ、故郷へ帰ることを禁じられる。民主化が進み、刑法の内乱罪規定が撤廃された92年に帰国。その後台湾文学研究の道に入る。

その集大成たる著作が『台湾新文学史(台湾近代文学史)』(2011年)と、それと対をなす回顧録『昨夜雪深幾許(昨夜の雪はどれほど深く?)』(2008年)である。台湾の文学史と彼の半生は、ともに文学と政治がモザイク模様のように描かれる。植民支配者による抑圧下に生まれた台湾文学は、必然として政治への抵抗として表れる。台湾の政治史と文学史は糾える縄のように重なっているのだ。

ロマンティックな文学青年は、政治と文学の間で揺れ続け、実際に反政府運動に身を投じ、文学に戻ってくるまで20年以上の遠回りをした。『昨夜雪深幾許』はそんな迷いを真摯〔しんし〕に記録している。文学の夢、権力への憤り、理想への畏れ、抵抗への意思……本書は、武勇談ではなく、臆病な文学青年が逡巡〔しゅんじゅん〕しながら自分を変え、行動を起こすに至るまでを描く青春記なのだ。

迷いのころには、彼を温かく見守る多くの師、友がいた。戦前・戦後の政治的抑圧を生き抜いてきた文学者たちとの交流は、いわば台湾戦後文壇史でもある。彼らと分かち合った喜びや苦しみ、挫折と情熱を描く筆致は、還暦に著した回顧録でありながら、どこまでも若々しく、誠実である。

歴史に揉まれ、文学と政治の間を彷徨い続けた時間は、結果として彼に、分断と対立を繰り返す台湾の歴史条件を超克させ、継承と寛容というパースペクティブを与えた。

そもそも、“台湾文学”とは、当たり前のようでその実、つい最近まで存在しなかった学問である。陳芳明は、自らも支配されていた、戦後の中華ナショナリズムという強圧かつ狭窄な枠組みを打破し、長く黙殺されていた日本統治時代の文学(主に日本語)を、戦後・国民党統治時代の文学(主に中国語)とつなぎ直し、「植民」-「再植民(リ・コロニアル)」-「後植民(ポスト・コロニアル)」の視点で、台湾文学史を再構築した。また長年タブーとされてきた台湾の左翼文学を再発見し、イデオロギーや性別、民族に囚われない多様な文学作品を再評価し、台湾文学研究のマイルストーンたる『台湾新文学史』に結実させたのである。

部分訳「母の記憶――奔流は海に入る」を読む

 
 

主な著作と目次

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『生命の記憶――文学の熱が溶かす雪』
(原題:昨夜雪深幾許。「昨夜の雪はどれほど深く?」の意)
2008年、印刻文学生活雑誌出版

文学と政治に揺れた日々に、ときに自分を励まし、ときに叱咤した文学の友や師を生き生きと描き、同時に台湾の戦後民主運動の熱を浮かび上がらせた回顧録。2009年金鼎賞(政府出版賞、文学部門)受賞、2008年中国時報「十大好書」(フィクション部門)選出。

目次(タイトルと登場人物、とその略歴)
1 自序 怯臆と忘却
2 キャンパスの記憶――最初に鳴った鐘の音
齊邦媛〔せいほうえん〕(1924- 作家、文学研究者、台湾大学名誉教授。邦訳『巨流河』作品社2011)
3 修行時代の記憶――青春は虫食われた葉っぱのように
隠地〔おんち〕(1937- 詩人、爾雅出版発行人)
4 論敵の記憶――論争の炎はいまだ消えず
陳映真〔ちんえいしん〕(1937- 小説家。邦訳「山道」『台湾現代小説集1 彩鳳の夢』研文出版1984所収)
5 最初の詩の記憶――古典が舞い降りた都市
余光中〔よこうちゅう〕(1928- 詩人。邦訳『シリーズ台湾現代詩Ⅲ』国書刊行会2003)
6 戦後文学史の記憶――花は冬開く
尉天驄〔いてんそう〕(1935- 作家、文学評論家。代表作『回首我們的時代』)
7 明星喫茶の記憶――寛容は愛よりも強く
黄春明〔こうしゅんめい〕(1935- 小説家。邦訳『さよなら・再見』めこん1979、「銅鑼」「坊やの人形」『鹿港からきた男』国書刊行会2001所収ほか)
8 思春期の記憶――希望の樹
鍾肇政〔しょうちょうせい〕(1925- 小説家。代表作『魯冰花』)
9 香港の記憶――モダニズム文学の妹                             
施淑青〔せしゅくせい〕(1945- 小説家。代表作『她名叫蝴蝶』。李昂の姉である)
10 革命の記憶――窓の外はすべて荒野
許信良〔きょしんりょう〕(1941- 政治家、元台湾省省議会議員、民進党元主席。77年、桃園県知事に当選したが、国民党による選挙妨害とそれに対する市民のデモ、「中壢事件」が起こった)
11 シアトルの記憶――昨夜の雪はどれほど深く?
楊牧〔ようぼく〕(1940- 詩人。邦訳『シリーズ台湾現代詩Ⅲ』国書刊行会2003)
12 台湾日本語文学の記憶――戦中から届いた手紙
龍瑛宗〔りゅうえいそう〕(1911-1999。日本統治時代台湾の小説家。代表作「パパイヤのある街」は1937年『改造』佳作入選作。「若い海」が『戦争×文学18帝国日本と台湾・南方』集英社2012に所収)
13 蓮池潭〔れんちたん〕の記憶――古びた町の水清く
葉石濤〔ようせきとう〕(1925-2008。小説家。邦訳『台湾文学史』研文出版2000)
14 池袋の記憶――波の向こう、孤独に輝き続ける光
史明〔しめい〕(1918- 歴史家、政治運動家。著作『台湾人四百年史』音羽書房1962)
15 魯迅の記憶――心に棲む故郷・美濃
鍾理和〔しょうりわ〕(1915-1960 小説家。邦訳「阿枝とその女房」『客家の女たち』国書刊行会2002所収)
16 色彩の記憶――傷を負ったままの旅
林惺嶽〔りんせいがく〕(1939- 画家。2013年台北市立美術館個展)
17 仮想敵の記憶――約束を果たすように、落ち葉は舞い降りる
洛夫〔らくふ〕(1928- 詩人。邦訳『禅の味』思潮社2011)
18 リベラリズムの記憶――反抗の心はまだ燃えたぎる
李敖〔りごう〕(1935- 作家、評論家、政治家。邦訳『中国文化とエロス』東方書店1993)
19 誠実の記憶――時の早さに身は震えれど    
盧修一〔ろしゅういち〕(1941-1998。政治家、元国会議員)
20 母の記憶――奔流は海に入る  →部分訳を読む

21 血の記憶――冬と春の間で生まれた詩
林義雄〔りんぎゆう〕(1941- 政治家、元台湾省省議会議員、民進党元主席。79年の美麗島事件で勾留中、自宅に侵入した何者かに母と娘を殺された。犯人はいまだわかっていない)

 

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『台湾新文学史 上・下』
(台湾近代文学史の意、2011年、聯經出版)

1999年の雑誌『聯合文學』の連載開始から10年以上の月日をかけて完成した労作。日本統治時代から戦後・国民党独裁時代、そして戒厳令が解かれてから80、90年代まで――言語の異なりを超え、台湾の多様な文学を時系列とテーマ・作家ごとに記述した台湾文学研究書のマイルストーン。(邦訳刊行予定。)

上冊
序 新しい台湾、新しい文学、新しい歴史
第1章 台湾新文学史(近代文学史)の構築とその時代区分
第2章 新文学、その初期概念の形成
植民体制の確立、台湾文化協会、言語の改革など
第3章 啓蒙期・実験期の文学
旧文学を攻撃した張我軍〔ちょうがぐん〕、台湾新文学の父・頼和〔らいわ〕ほか
第4章 プロレタリア文学と郷土文学の確立
第5章 1930年代の文学サークルとその作家たち
第6章 写実主義と批判精神の起こり
楊逵〔ようき〕、王詩琅〔おうしろう〕、朱点人〔しゅてんじん〕など
第7章 1940年代、皇民化運動下の文学
『文藝台湾』、『台湾文学』、呂赫若〔ろかくじゃく〕、龍瑛宗〔りゅうえいそう〕
第8章 終戦、植民地の傷
張文環〔ちょうぶんかん〕、西川満
第9章 台湾文学の再建と挫折
魯迅〔ろじん〕、二二八事件が台湾文学に与えた影響
第10章 二二八事件後の台湾文学――アイデンティティ論争
呉濁流〔ごだくりゅう〕
ほか、全24章

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