column_top_taiwan

台湾人の内面を覗けば

 文=天野健太郎

台湾映画には騙された。

中国語を勉強するための留学先に台湾を選んだわけだが、その時点で台湾人への印象は映画しかなかった。ホウ・シャオシェンやツァイ・ミンリャンの作品を見て、どいつもこいつもなんて暗いんだ、と思った。登場する男も女も、老いも若きも常に苦虫を噛み潰したような表情で、憤懣か懊悩をためこんでいるふうなのだが、破裂音の叫び声以外、セリフはほぼない。

ところが、実際に台湾で暮らし始めてみれば、そこにいたのはおしゃべりでよく笑う、表情豊かな人たちであった。全然違うじゃん。無論、中国語の習得が進み、人間関係が広がり、深まっていくにつれ、暗い台湾人にも出会うようになった。とはいえ、黙りこんでる台湾人の内面は、(絶対数が少ないし、喋ってくれないのだから)やっぱりよくわからない。

わからないことがあったら、小説を読む。

先ごろ改版刊行された『秋葉』(爾雅出版、1971年初版、2013年改版)は、1939年生まれの作家、欧陽子(オウヤンズ)が60年代に雑誌『現代文学』で発表した短編小説14篇を集めた作品である。邦訳はない。

60年代は台湾文学の黄金時代であるとされる。欧陽子が台湾大学外国語・外国文学部在学中、白先勇らと創刊した『現代文学』は、戦後・中国語教育の第一世代である新しい作家を育み、国民党政権による抑圧の下、経済成長を進める台湾で、カフカ、カミュなどの作品を紹介した……という受け売りはともかく、そのうちの1篇「魔女」を読み直す――

主人公の大学生倩如(チェンルー)の大好きなママが再婚した。パパが亡くなったばかりなのに、許せない。しかも再婚相手の自称カメラマン、趙剛はとってもいけ好かないやつで、40過ぎのくせに同級生の美玲と不倫しているらしい。私は全部知ってる。校門でふたり語らって別れ際、美玲の腰に手を回したのを私は見ていた。前回の帰省で、私はわざと美玲を連れて帰った。私は全部知ってる。趙剛はあんな女が好きなのだ。それ以降、ママはみるみる焦燥してしまった。ママはやっと思い知るだろう。あいつは悪い男なんだって……と、執拗な観察と完璧な仮説により、正しい自分のプランを実行した倩如だったが、ママは突然、娘に告白をした。彼女が知っていたママは、ママの本当の姿ではなかった。倩如の仮説は覆され、自我は崩れる。「魔女」はママだったのである。

欧陽子の筆致は正確無比だが、描写が明晰であればあるほど主人公の(今で言う)ストーカー行為の異常さが際立ち、客観的であればあるほど三角関係という勝負に負けたみじめさが深まる。内面はいつまでも内面でしかなく、それが外に表出した瞬間、その根拠を失うことを、50年前の台湾人作家は描いていた。

本文は『な~るほどザ台湾』20136月号掲載を加筆・修正したものです。

バックナンバー
臺灣~繁体字の寶島 #1 を見逃した方はこちら→
臺灣~繁体字の寶島 #2 を見逃した方はこちら→
臺灣~繁体字の寶島 #3 を見逃した方はこちら→
臺灣~繁体字の寶島 #4 を見逃した方はこちら→
臺灣~繁体字の寶島 #5 を見逃した方はこちら→
臺灣~繁体字の寶島 #6 を見逃した方はこちら→
臺灣~繁体字の寶島 #7 を見逃した方はこちら→
臺灣~繁体字の寶島 #8 を見逃した方はこちら→

 

プロフィール

天野健太郎(あまの けんたろう)
1971
年、愛知県生まれ三河人。京都府立大学文学部国中文専攻卒業。2000年より国立台湾師範大学国語中心、国立北京語言大学人文学院へ留学。帰国後は中国語翻訳、会議通訳者。聞文堂LLC代表(ツイッターアカウント「 @taiwan_about 」)。台湾書籍を日本語で紹介するサイト「もっと台湾(http://www.motto-taiwan.com )」主宰。訳書に『台湾海峡一九四九』龍應台著(白水社)、『交換日記』張妙如、徐玫怡著(東洋出版)、『猫楽園』 猫夫人著(イースト・プレス)。『日本統治時代の台湾』陳柔縉著(PHP研究所)。俳人。