懐古ブームとメディアミックス 台湾出版界のいま

台湾の編集者に訊く台湾の出版事情。
台日作家交流イベントに続いて開かれた出版人交流会のレポートです。

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文=三浦裕子

96()午後、台日作家交流イベントに続いて「日台出版人交流会」が開かれました。

テーマは「台湾の編集者に訊く台湾の出版事情」。

イベントの台湾側オーガナイザーである聯経出版の胡金倫〔こきんりん〕さん、東京在住の作家・張維中〔ちょういちゅう〕さん、作家交流イベント講演者の台湾文学研究者・陳芳明さん、作家・甘耀明さんがメインゲスト。日本側は出版各社の編集者など、日台合わせて計12名ほどの集まりでした。

まず、聯経出版の胡金倫さんが台湾出版事情について紹介。

胡さんの勤める聯経出版は、今年創立40周年。文学、哲学、歴史等の人文系をメインに、実用書や児童書等も刊行する社員約70名の総合出版社です。

胡さんはその編集部文学ラインの責任者。若い読者に文学を広めるアクティブな編集仕事をしていらっしゃり、今回のイベントも「台湾の本をもっと日本に紹介したい」という意図のもと、企画されました。

胡金倫さんによると、台湾での出版業は1947年に台湾商務印書館が設立されたところから始まるそうです。

台湾の出版事情の大きな特徴の一つが、外国書籍の翻訳書が多いこと。

30年くらい前から翻訳書が増え始め、現在は毎年刊行される新刊点数の約60%を翻訳書が占めています。そして翻訳書の約半分を占めるのが日本作品。文学、自己啓発、実用書、語学学習書、児童向け絵本等が人気で、特に文学は三島、川端から現代の作家に至る、あらゆる日本作家の作品が翻訳出版されています。最近の作家では、東野圭吾、三浦しをん、吉田修一等が人気のようです。日本作品に次いで多いのが英語圏の作品。フランス、ドイツの作品が続き、最近急増しているのは韓国の実用書などだそうです。

実は、台湾は世界でも有数の出版大国です。台湾の国家図書館発表の統計によると、2013年の新刊点数は4万2118点。台湾の人口は約2300万人。日本の2013年の新刊点数は7万7910点、人口は約12700万人ですので、台湾の「人口1人あたりの新刊点数」は、日本のなんと3倍ということになります。

日本でも出版不況の中で新刊点数だけが増え、 (私個人の感覚ですが)書店の新刊書棚の品揃えが、12週間ですべて入れ替わるようなスピードで書籍が刊行されていますが、台湾はそれを上回る勢いで新刊書が出ている、ということです。

交流会の途中、台湾側から「日本の出版界は、原作を映像化し、さらにそのノベライズや関連書籍を出すなど、メディアミックスをうまく回している」という話が出ました(確かにその通りですが、「映像化された本しか売れない」というのが、今の日本の出版界の現実でもあります)。

一方の台湾でも、近年は出版と映像等のメディアミックスが行われるようになってきたそうです。陳芳明さんが例に挙げたのが、日本でも2013年に公開された映画『セデック・バレ』。魏徳聖〔ウェイ・ダーション〕監督が邱若龍〔チョウ・ロウロン〕氏の漫画『霧社事件』を読んだことをきっかけに映画が作られ、映画公開と同時に遠流出版が多数の関連本――メイキング本、監督手記、霧社事件に関する歴史資料集、出演俳優の写真集等々――を刊行しました。今年台湾で大ヒットしている『KANO 1931海の向こうの甲子園』も、公開時にコミカライズが刊行され、人気が出ているということです。

この他にも、小説家・九把刀〔ギデンズ・コー〕が自作の小説『那些年、我們一起追的女孩』を自ら映画化した『あの頃、君を追いかけた』の大ヒットも記憶に新しいところです。

この数年、台湾の書店を観察していて私が気になっていたのが、日本統治時代(18951945)の台湾の歴史、社会、文化、習俗等を掘り起こす本が盛んに刊行されていることです。邦訳も出た『日本統治時代の台湾』(PHP研究所)、『国際広報官 張超英―台北・宮前町九十番地を出て』(まどか出版)の他、『好美麗株式會社:趣談日治時代粉領族』『臺灣摩登咖啡屋:日治臺灣飲食消費文化考』『不純情羅曼史: 日治時期臺灣人的婚戀愛欲』等の社会観察本や文学作品、コミック作品『北城百画帖 カフェー ヒャッガドウ』『台北高校物語』まで、多数が刊行されています。

出版だけでなく、映画でも『海角七号 君想う、国境の南』や『KANO』、今年のお正月映画『大稻埕』等、日本統治時代を舞台やモチーフにした作品が興行的に大ヒット。更にリアルの社会でも、日本統治時代のレトロ建築をリノベーションし、文化施設や飲食店として利用されることが非常に多くなっています。

この「日本統治時代ブーム」のようにも見える台湾の社会現象には、どのような理由、背景があるのか。台湾文学の流れを見つめ続けてきた陳芳明さんに質問してみると、次のように答えて下さいました。

――日本統治時代のブームは、台湾人が自らのアイデンティティーを見直す動きの一つである。

“植民地化された“ことについての賛否や判断にはもちろん議論があるが、それは台湾人にとって、紛うことなき歴史の一部だ。グローバル化する今の時代にあり、肥大化し圧力を強めてくる中国の脅威に曝されている台湾人にとって、日本統治時代のことを知ることは、自らのアイデンティティーを確認することになるのだ。

実は私もこのような理由を推測してはいたのですが、「日本時代は台湾人のアイデンティティーの一部である」と台湾の人自らが断言したことには、正直、少々驚きました。

そして現在、台湾の文学界における歴史の再確認は日本統治時代からさらに遡り、17世紀、鄭成功の時代への関心が高まっているそうです。

出版人や読者が、本を通じて民族の歴史やアイデンティティーを確認している、という視点は、今後も台湾の出版界を眺めていく上で、とても重要だと感じました。

(そして同じ視点で、現在、日本出版界の一部で起きている某ジャンルの盛り上がりを見た時に、日本人が取り戻したがっているアイデンディティーとはいったい何なのか、奇妙に感じずにはいられません。)

出版事情から、その国の人と社会が見える。

これからも台湾の読者が日本の本に興味を持ち続けてくれるだけでなく、もっと多くの台湾の本が日本の読者の目に触れるようになることを願っています。

 

 

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三浦裕子(みうらゆうこ)

本好き。本の雑誌社での学生アルバイト後、小学館に入社。雑誌編集部を経て、2003年から国際版権業務部門にて台湾・香港市場を担当。以来1万点以上のコミック作品と、300点以上の書籍作品の中文版翻訳権を台湾と香港に“輸出”。

台湾の作家・哈日杏子さんのエッセイ日本版『哈日杏子のニッポン中毒』 (小学館)なども企画。

プライベートでも台湾・香港・中国をはじめとする中国語圏や、アジア各国の書店、出版事情を観察するのが趣味のひとつ。