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台南を知らなければ台湾史は分からない(2)

文=黒羽夏彦

 

ヨーロッパ列強が大航海時代を切り開きつつある時代、東アジアの海には様々な人々が行きかっていた。一獲千金を夢見る野心、キリスト教の布教にかけた情熱、未知なる世界への憧れ──それぞれの思惑が交錯する中、時には利害の対立する勢力がぶつかり合う。そうした焦点の一つが台南であり、実は日本人も関係している。

当時、日本では中国の絹織物や生糸への需要があったものの、明朝の海禁政策のため直接取引は難しい。そこで日中の貿易商人は台南で落ち合って密貿易を行っていた。参入を図ったオランダ東インド会社は17世紀前半に台南へ上陸、ゼーランディア城(現在の安平古堡〔あんぴんこほう〕)やプロヴィンティア城(現在の赤崁楼〔せきかんろう〕)を築き、課税を実施。これに反発した日本商人・濱田弥兵衛が力ずくでオランダの台湾総督を人質に取るという事件も発生する。濱田は台南にいた先住民・シラヤ族の代表を江戸へ連れていって将軍に謁見させたりもしている。こうした時代背景については林田芳雄『蘭領台湾史──オランダ治下38年の実情』(汲古書院、2011年)に詳しい。

近松門左衛門『国性爺合戦』のモデルとなった鄭成功の母親は日本人である。明朝滅亡後、清朝への抵抗運動が先細りになる中、鄭成功は勢力立て直しのため台湾へ向かい、オランダの勢力を追放、台南に政治的拠点を置いた。1683年に清朝によって征服されるまで続いた鄭氏政権については林田芳雄『鄭氏台湾史──鄭成功三代の興亡実紀』(汲古書院、2004年)が参考になる。

清朝は日清戦争で敗れ、1895年の下関条約により台湾を日本へ割譲した。これに不満を抱いた台湾の人々の抵抗が激しくなり、進駐した日本軍との戦闘が相次ぐ。台南で布教活動をしていたスコットランド人宣教師トマス・バークレーは、混乱を恐れる台南市民の意向を受けて日本軍指揮官・乃木希典と交渉し、台南を無血開城へ導いた。この緊迫したシーンはE・バンド(松谷好明・松谷邦英訳)『トマス・バークレー──台湾に生涯をささげた宣教師』(教文館、2009年)で描かれている。

古都・台南のたたずまいは日本人文学者の異国情緒を刺激した。佐藤春夫「女誡扇綺譚」(『怪奇探偵小説名作選4 佐藤春夫集──夢を築く人々』ちくま文庫、2002年)は台南のうらぶれた港町で見かけた廃屋を舞台とした怪異譚である。また、イスラム史や東西交渉史の碩学として知られる前嶋信次は、かつて台南第一中学校に勤務していた頃に目の当たりにした幻想的な光景を「媽祖祭」(『〈華麗島〉台湾からの眺望――前嶋信次著作選3』平凡社・東洋文庫、2000年)というエッセイに描き出している1

日本統治時代に活躍した人物、例えば嘉義・台南など広大な土地を潤す嘉南大圳を計画した八田與一、戦時下に台南の古跡を守った台南市長・羽鳥又男といった台南ゆかりの日本人については、まどか出版編『日本人、台湾を拓く。』(まどか出版、2013年)が取り上げている。また、直木賞作家にして「金儲けの神様」こと邱永漢、台湾独立運動に身を投じた言語学者・王育徳などは台南出身で、彼らが台南で過ごした幼少期の思い出はそれぞれ邱永漢『わが青春の台湾・わが青春の香港』(中央公論社、1994年)、王育徳『「昭和」を生きた台湾青年──日本に亡命した台湾独立運動家の回想1924―1949(草思社、2011年)に語られている。

辛永清『安閑園の食卓──私の台南物語』(集英社文庫、2010年)も逸することができない一冊だ。著者は台南の良家に生まれたお嬢様で、料理をテーマに台南で過ごした日々を回想したエッセイである。昔ながらの家庭の姿が垣間見えるだけでなく、胸にしみいってくるような情感もあり、ぜひ一読をお勧めしたい。

 (次回は来月掲載の予定です)

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA黒羽夏彦(くろはなつひこ) 台湾専門ブログ「ふぉるもさん・ぷろむなあど」、書評ブログ「ものろぎや・そりてえる」を運営。1974年生まれ。出版社勤務を経て、2014年3月より台南の国立成功大学文学院華語中心へ留学。東アジアの近現代に交錯したさまざまな人物群像に関心を持ち、台湾に視点を置いて見つめ直したいと考えている。

 

  1. 台南で文学活動を行った人々については、大東和重「前嶋信次の台南行脚──1930年代の台南における歴史散歩」(『近畿大学語学教育学部紀要』第7巻第2号、2007年12月)、「新垣宏一と本島人の台南──台湾の二世として台南で文学と向き合う」(『外国語外国文化研究』16号、2014年3月)など一連の論考に詳しい。 []