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報道とは何事かを知らせる筋道のこと。
台湾のことを日本に伝えるには、背景知識が必要です。
この連載では、ジャーナリスト・野嶋剛さんお薦めの作品を
ご紹介いただきます。

郭中端『護土親水 郭中端與她心中美好的台灣』(2014年、本事文化)

文=野嶋剛

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 深夜の誠品書店には、予想外の「出会い」を期待させる何かがある。だから、特に買いたい本がなくても、ついつい足を運んでしまう。

 出会いが本のときもあれば、映画のDVD、音楽のCDのときもある。書店以外のショップで思わぬ一品を見つけるときもある。最近の収穫は、誠品書店敦化南路店で、「阿原」というブランドのシャンプーを買ったことだ。私の髪の毛はけっこう脂性であるので、ヘチマが入った阿原のシャンプーで洗ったあとのすっきり油分が落ちてしまう感覚がすっかり気に入った。

 先月、台湾大学がある公館の交差点にある誠品書店に入った。知人との待ち合わせの時間をつぶすためだった。新刊本のコーナーで、肌色の地で文字とシンプルなイラストのみの表紙に目が止まった。なんとなく「護土親水」というタイトルに引っかかったのだ。最近、台湾の自然を空撮した台湾映画「看見台湾」の斉柏林〔チー・ポーリン〕監督にインタビューをしたせいだったかも知れない。作者の郭中端〔かくちゅうたん〕氏の名前は聞いたことがなかった。本のサブタイトルには「郭中端と彼女の心のなかの美しい台湾」とある。

 本を開くと、いきなり見覚えのある場所がたくさん出てきた。烏山頭ダムの八田与一記念公園、宜蘭の冬山河親水公園、台東の卑南文化公園、北投温泉親水公園、金瓜石の黄金博物館園区…。 ほとんどが、歴史や自然をテーマにしてここ10年ほどの間に新しく建設されたり、再開発されたりした場所だ。驚いたのは、これらがみんな、郭中端氏が立ち上げた環境設計コンサルタント会社「中治環境造型顧問」が手がけたものだったということだ。正直に、「おおっ、そうだったのか」と心の中でつぶやいてしまった。というのも、どの施設にも共通した印象として、「自然」と「人工」をうまくミックスし、古さのなかに新しさを、新しさのなかに古さを感じさせる空間が感じられたからだ。

 例えば、金瓜石の黄金博物館園区は、日本時代に生産された金鉱山の史跡を利用したものだが、鉱山の史跡のみならず、当時の日本人技師や台湾人労働者が生活していた様子まで再現し、時をさかのぼったような感覚を訪れた人に体験させる作りになっている。私が台湾にいたとき、歴史に興味がある友人が来たときは、金瓜石の黄金博物園区を参観し、隣の山にある九份の老街で食事というコースをいつも第一候補にしていた。連れて行った知人の感想はたいてい「日本にこういう場所はあったかな?台湾ってすごいね」というものだった。日本の歴史観光施設はいささかテーマパーク的になりすぎていて重みがないか、単に歴史だけをあつかった面白みのない施設になっていることが多いが、この黄金博物館園区は、ほどよく歴史を学び、ほどよく自然を楽しみ、ほどよくレジャー的なものも含まれているところだからだ。

 こうしたスタイルの施設が、いまの台湾の公園設計の流行なのかと思い込んでいた。確かにそういう部分もあるのだろうが、この郭中端という女性が果たしてきた役割がどれほど大きいのか、本書を読むとよく理解できる。

 郭中端氏は淡江大学建築科を卒業し、早稲田大学でさらに建築を学び、都市工学で博士号を取得、夫も日本人の建築士で会社を共同経営している。日本で博士課程を学んでいるとき、彼女が書いた水環境の研究論文を読んだ当時の宜蘭県長の陳定南氏のたっての願いで冬山河の公園整備に協力することになった。以来、台湾では公園や史跡の再開発で第一人者として長年活躍してきた。

 本書のなかで、彼女は「景観」についてこのように書いている。

「建築はいつの世も人間が必要とするもので、完成さえすればすぐに使うことができる。しかし、景観は10年以上が経過してはじめて周辺の環境にとけ込み、100年たってその土地の一部となる」

 けだし名言ではないだろうか。さらに、次の部分を読んだとき、彼女が手がけた作品である公園や施設の一つ一つに込められたメッセージが具体的なものとしてはっきりと見えてきた。

「かつて人間は『人は天に勝つ』という思想だった。しかし、私は、自分の仕事では、できるだけ最大の努力を払って神様と相談しながらやっています。人間の力には限界がある。神様の助けが必要です。これが中治の生態哲学であり、私の設計の原則です。一言でいえば、『人は半分、天は半分』。人類は、生態変化の一部分を演じているに過ぎません」

 八田与一記念公園の設計に郭中端氏が関わったときの記述に、興味深いエピソードが書かれていた。もともと彼女の会社は台南市官田区一体の環境整備事業を地元から請け負っていた。烏山頭ダムは仕事の範囲ではなかったが、作者はなぜか興味をひかれ、何度も訪れてダム周辺を見て回ったという。当時の宿舎として使われた日本家屋がそのまま放置されていたことに気づき、地元の人たちから聞き取りを行うなどで調査したところ、これらの家屋が当時、八田与一氏が日本人と台湾人の作業員を連れて烏山頭ダム建設のために使ったものであることが判明し、地元政府に保存を提案したという。

 その後、2009年に馬英九総統が記念公園の建設を表明し、彼女の会社でコンペに参加するかどうかで大議論になったという。経理部門は「必要な準備の割には金額が小さく、割に合わない」と反対したが、作者は「割に合うかどうかは問題ではなく、やるべきかどうかが問題なのである。私たちならば日本の資料も探しやすい。迷う必要はない」と決断、コンペで落札した。

 その後、日本の関係者から当時の資料や証言を集めるなかで、日本に留学しているときに知り合った友人の佐藤浩司・国立民族学博物館准教授が、八田与一の外孫(他家に嫁いだ娘の子供)であことが分かった。佐藤准教授は台湾に来たときに郭中端氏の家にも泊まり、「台南に行って祖父をお参りしてくる」と語っていたが、当時は八田与一との関係は分からなかったという。こうした縁もあって、八田与一記念公園の仕事は作者にとっては、まさに「やるべき仕事」だったのである。これまで、八田与一がらみの話はいろいろ取材してきたが、こんなエピソードが隠れていたことには気がつかなかった。

 台湾をよりよい土地につくり変えていこうという地道な努力を重ねてきた一人のプロフェッショナルの知られざる物語の詰まった一冊である。

(連載第5回は12月にお届け予定です)

バックナンバー
#1 ジャーナリストの薦める台湾ブックはこちら
#2 ジャーナリストの薦める台湾ブックはこちら
#3 ジャーナリストの薦める台湾ブックはこちら

journalistPH野嶋剛(のじまつよし)
1968年生まれ。上智大学新聞学科卒業後、朝日新聞に入社。シンガポール支局長、政治部、台北支局長、朝日新聞中文網編集長などを経て、2014年4月からアエラ編集部。著書に『ふたつの故宮博物院』『謎の名画・清明上河図』『銀輪の巨人 GIANT』『ラスト・バタリオン 蔣介石と日本軍人たち』がある。