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一国家一言語一文学という近代文学の常識を鮮やかに覆し、
漢文、中国語、日本語、台湾語など多様な言語からなる台湾文学。
この多元性、ハイブリッド性こそが台湾文学のいちばんの特徴です。
今月は台湾のフェミニズム作家、李昂とその作品をご紹介します。

フェミニズム作家李昂(1)

文=赤松美和子

作家紹介シリーズ第3回は、恐らく日本で一番有名な台湾の作家李昂です。

李昂は、1952年、台湾中部の古都鹿港生まれ。批評家施淑、作家施叔青の二人の姉の影響もあり中学生の時に小説を書き始め、高校一年生の時に「花の季節」で文壇デビューしました。70年に中国文化学院(現在の中国文化大学)哲学科に入学、75年にアメリカのオレゴン州立大学大学院演劇コースに留学し修士号を取得、78年に台湾に帰国。母校で教鞭を執っていた時期もありましたが、現在は専業作家として、テレビコメンテーターとして、30年以上も台湾文学界で華やかに活躍し続けています。

今回は、日本で翻訳出版されている3冊の中長編小説『夫殺し』(藤井省三訳、宝島社、1993)、『迷いの園』(藤井省三監修、櫻庭ゆみ子訳、国書刊行会、1999)、『自伝の小説』(藤井省三訳、国書刊行会、2004年)をご紹介しましょう。

李昂の名を台湾文学界に知らしめたのは、1982年に『聯合報』に掲載され、翌年に『聯合報』の中編小説賞首席を受賞した『夫殺し』です。

舞台は1940年代の鹿港、主人公の林市は、9歳で父を失い、飢えのために行きずりの兵士に身を任せ一族に淫婦とされた母から離され、叔父に引き取られます。年頃になった林市は叔父に豚肉と引き換えで屠畜夫の陳江水に嫁がされ、ようやくお腹いっぱい食べられるようになるものの、夫からのDV、噂好きの隣家の老婆の監視により、肉体的にも精神的にも追い詰められていきます。とうとう錯乱した林市は、屠畜用の刃物で寝ている夫を殺害し豚の如く解体したのでした。

台湾文学界において、『夫殺し』の登場は、衝撃的な事件でした。『夫殺し』は、閨秀〔けいしゅう〕文学盛んなる80年代の台湾女性文学に新たな地平を拓き、「台湾新文学発展重大事件」1 の一つにも数えられています。アメリカ(1986)、ドイツ(1987)、フランス(1989)でも翻訳出版され、日本では差別語などへの懸念から遅れたものの1993年に宝島社より出版されました。2

妻が夫を殺すなんて、ベタなフェミニズム小説だと思った方こそぜひ読んでいただきたいです。人間の不可解さと哀しさを大胆に緻密に容赦なく書き迫る李昂の筆致に、心えぐられ、圧倒されますよ。どうぞ度胆を抜かれてくださいませ。
(続きます!)

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バックナンバー
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#2 台湾文学史 終戦〜70年代まではこちら
#3 台湾文学史 80年代〜2000年代まではこちら
#4 作家紹介第1回 黄春明・前編はこちら
#5 作家紹介第1回 黄春明・後編はこちら
#6 台湾文学は夏に作られる・前編はこちら
#7 台湾文学は夏に作られる・後編はこちら
#8 作家紹介第2回 白先勇・前編はこちら
#9 作家紹介第2回 白先勇・後編はこちら

 

10250674_794106527269313_1092258525_n赤松美和子(あかまつみわこ)
大妻女子大学比較文化学部准教授。
博士(人文科学)。1977年、兵庫県生まれ。
2008年、お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。専門は台湾文学。
著書に『台湾文学と文学キャンプ―読者と作家のインタラクティブな創造空間』(東方書店)がある。

 

  1. 陳芳明「《殺夫》事件與女性書寫」(聯合報副刊主編『台灣新文學發展重大事件論文集』(國家臺灣文學館籌備處、2004年))http://www.nmtl.gov.tw/index.php?option=com_content&task=view&id=470&Itemid=57(2014年10月3日アクセス) []
  2. 宝島社一局書籍編集部「付記」(李昂著、藤井省三訳『夫殺し』(宝島社、1993)203
    206頁)参照。 []