column_top_hybrid

一国家一言語一文学という近代文学の常識を鮮やかに覆し、
漢文、中国語、日本語、台湾語など多様な言語からなる台湾文学。
この多元性、ハイブリッド性こそが台湾文学のいちばんの特徴です。
今月は台湾のフェミニズム作家、李昂とその作品をご紹介します。

フェミニズム作家李昂(2)

文=赤松美和子

続いて、『迷いの園』(1991)をご紹介しましょう。

『迷いの園』は、台湾鹿港の旧家朱家の令嬢朱影紅をヒロインに、菡〔はん〕園と名付けられた朱家私有の大庭園と現代台北を舞台として、愛する父との少女時代の思い出と、不動産王・林西庚との激しい恋とを交錯させながら、従来の中華民国史に対して、本省人女性の視点から日本植民地統治の開始や二二八事件、高度経済成長など台湾史を書いた恋愛小説であり、政治小説、歴史小説でもあります。

李昂は、『迷いの園』序に、「何よりも大切なのが、自分たちの人民のために書くということ(中略)この二千万人の台湾人のために」1 と書いています。本書は、86年から書き始められ、新聞連載後291年に単行本として出版されました。87年の戒厳令解除を跨ぎ執筆されているため、現実の台湾社会がフィクションの存在を脅かすほどの勢いで激変していく中、小説を如何に書き続けるのか、民主化の熱と作家の葛藤が言葉や行間から噴き出てくるようです。

では、あらすじを少しだけご紹介いたしましょう。

朱家の令嬢朱影紅(日本名:綾子)は小学校三年生の時、「私」というテーマの課題作文に、「私は甲午戦争の末年に生れました」と書き出してはみたものの後を続けることができません。日本時代、二二八事件を経て心身ともに病み隠居生活を送っていた影紅の父は、国民党統治開始後、日本時代には頑なに拒んでいた日本名綾子と影紅を呼び始めます。1943年生まれの影紅が、甲午戦争(日清戦争)の末年1895年、つまり日本統治の始まりに生まれたと、間違えて記した作文をきっかけに、父はこれまで語らなかった台湾と朱家の歴史を影紅に語り始めました。大人になった影紅は、バブル経済の波に乗り、のし上がった林西庚に出会い恋に落ちます。既婚者でありながら、影紅と愛し合い、同時に彼女を裏切って女遊びを続ける林西庚に、影紅は深く傷つき、その痛みに父親が二二八事件で連れ去られた幼きころのトラウマが重なり、混乱し、自分を見失います。

しかし、李昂の描く女性主人公が自分を見失ったままで終わるわけがありません。林西庚との恋の行方は如何に?二人の関係は?

ちなみに、タイトル「迷いの園」の「園」は、朱家の大庭園菡園を指すと同時に台湾を隠喩していると思われます。「迷える園」に李昂はどんな結末を与えたのでしょうか。それは読んでのお楽しみ。

最後に、『自伝の小説』をほんの少しご紹介いたしましょう。

『自伝の小説』(原題:『自傳の小説』)は、皇冠文化出版より99年に出版されました。

台湾の女性革命家・謝雪紅3 と、少女時代に恐い謝雪紅の噂話を聞いて育った語り手の「自伝」の「小説」です。「自伝」と「小説」を「の」という日本語で繋いだこの不思議なタイトルは、「自伝」という編年体のノンフィクションの不可能性を、多声的な語りを以て暴露しています。

『自伝の小説』は、女性革命家、悪女、モダンガール、フェミニスト、魔性の女、共産主義者、台湾民族主義者、恋多き女など謝雪紅に付与されている数多くのレッテルを、剥がすのではなく複数性として捉え、既刊の謝雪紅の伝記4 など数々の文献を引用しながら謝雪紅の人生を辿ります。さらに語り手は、時に謝雪紅に乗り移り、とり憑きとり憑かれながら、謝雪紅の声に耳を澄ませ、謝雪紅に分け入り、情熱、欲望、痛み、切なさを分有し、謝雪紅という一人の生身の女性を多声的に語ります。語り手は、謝雪紅の人生を語ることを通して、自らの人生を生き始めていくのです。

『夫殺し』の林市、『迷いの園』の朱影紅、『自伝の小説』の語り手、李昂の小説に生きる女性たちは、少女の記憶を抱え、それぞれの運命に翻弄されながらも、決して欲望を封じ込めることなく、それぞれの形で格闘し、自分の人生を生きていきます。李昂は、彼女たちの欲望、格闘、人間の本性を描き出す更なる言葉と語り方を求め続け、新しい小説の表現に挑み続けているのです。

久しぶりに李昂を読み、私の闘争本能もメラメラと……。やっぱり、李昂は、フェミニズム作家ですね。もちろんただのフェミニズム作家ではありませんよ。

(次回は来月掲載の予定です)

 

関連する内容を読む
台湾達人の1#6を読む
ハイブリッド台湾文学#3を読む

 

バックナンバー
#1   台湾文学史 清朝〜日本統治時代はこちら
#2   台湾文学史 終戦〜70年代まではこちら
#3   台湾文学史 80年代〜2000年代まではこちら
#4   作家紹介第1回 黄春明・前編はこちら
#5   作家紹介第1回 黄春明・後編はこちら
#6   台湾文学は夏に作られる・前編はこちら
#7   台湾文学は夏に作られる・後編はこちら
#8   作家紹介第2回 白先勇・前編はこちら
#9   作家紹介第2回 白先勇・後編はこちら
#10 作家紹介第3回 李昂・前編はこちら

 

10250674_794106527269313_1092258525_n赤松美和子(あかまつみわこ)
大妻女子大学比較文化学部准教授。
博士(人文科学)。1977年、兵庫県生まれ。
2008年、お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。専門は台湾文学。
著書に『台湾文学と文学キャンプ―読者と作家のインタラクティブな創造空間』(東方書店)がある。

 

  1. 李昂著、藤井省三訳『迷いの園』(国書刊行会、1999)p.2 []
  2. 『中国時報』に1990年8月18日から91年3月11日まで連載(全189 回)。 []
  3. 謝雪紅は1901年台中県彰化県生まれ。1928年、台湾共産党(日本共産党台湾民族本部)を設立。日本統治時代の台湾で、治安維持法により逮捕、10年以上投獄される。1947年二二八事件で二七部隊を率いて中国国民党に対抗するも失敗、廈門を経由し香港に逃れ台湾民主自治同盟を結成、自ら初代主席に就任した。1954年には全国人民代表大会の台湾省代表に就任。1957年反右派運動により批判を受けた。1970年、北京にて病没。 []
  4. 謝雪紅口述、楊克煌筆録、楊翠華編『我的半生記』(楊翠華出版、1997)、陳芳明『謝雪紅評伝』(前衛出版社、1991、(森幹夫訳『謝雪紅・野の花は枯れず』社会評論社、1998))、古瑞雲(周明)『台中的風雷』(人間出版社、1990) []