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台湾きってのイケメン監督の戴立忍(ダイ・リーレン)、彼は監督として活躍するだけでなく、俳優・脚本家・編集技師・レーサーなど様々な顔を持つ偉才です。小さい頃から大量の本を読み、本は“私の片方の翼”と形容するリーレンさんが語る台湾・中国書籍の世界をどうぞお楽しみ下さい。

取材・構成=西本有里、映画スチール写真提供:華聯國際

 

もっと台湾(以下、も):本を読むのは好きですか。何歳ぐらいから本を読むようになりましたか?

リーレン(以下、リ):はい、子供の頃は娯楽が少なかったので、書籍と映画が私にとっての数少ない娯楽でした。ですから、私はとても小さな頃から本を読み始めました。私の父と叔父は二人とも教師で、叔父は記憶を辿れないほど小さかった私に、子供向けの自然・科学雑誌を1セット送ってくれました。叔父のおかげで幼少の頃から自然・科学雑誌を読み始めました。また、父は中学で国語・歴史・地理の先生をしていたので、家には大量の関連書籍がありました。例えば『西遊記』、『水滸伝』等の古典小説は小学生の頃に読み、『金瓶梅』ですら中学生の時に読了しました。

も:高雄で暮らされていた時、書店とレンタルブックストアーが両隣にある時期があったのですよね。自宅に本がふんだんにある上、お隣が書店であれば、読む本には事欠かない素晴らしい環境と言えますね。

リ:そうですね。僕は台東生まれですが、実家はよく引っ越しをしまして、高雄に移ってからも何度も引っ越しをしました。中学一年生の時に移った家に住んだ期間が一番長く、そこで6年間暮らしました。まさにそこが書店とレンタルブックストアーが両隣にあった家です。右手にあった書店は高雄最大の書店で、確か「登文書局」という名前だったと思います。思い返せばあの6年間が最も本を読んだ時期ですね、手元にある本を片っ端から読むという感じでした。

戴立忍飾演音樂系教授

も:では、小さい頃読んだ本で、印象に残っている本は何ですか?

リ:小学生の頃読んだ本で印象深いのは、先ほど話した叔父さんが送ってくれた自然・科学雑誌です。雑誌名は忘れてしまいましたが、叔父さんが定期的に送ってくれたのです。書店とレンタルブックストアーが隣に有った中学の時に読んだ本で印象深いのは、柏楊1の書籍と何索2 の『何索打撃』シリーズです。『何索打撃』はエッセイ集で、彼の生活のあれこれや社会に対する思想や批判を書き綴った書籍です。あと李敖3 も読んでいました。柏楊と李敖は二人とも投獄されていますし、当時の政情ではかなり危険な本だったと言えます。ですから突然彼らの本が書店から消えてしまう事もありました。時が経つとまた現れるので、本屋で見つけたら続けて読んでいました。これらの書籍は、当時の社会では主流派になり得ない、マイナーな考えや見方を教えてくれる書籍だったと言えます。当時私はこれらの書籍を隠れて読んでいました。

私の父は非常に厳格な人で、学校が終わって帰宅すると、本を読み、書道をし、自治会の手伝いや掃除をするよう子供達に義務づけていました。遊びに行く事は許してくれませんでした。台風が来て家のどこかが壊れたりすると、それを直すのは子供の仕事でしたから、小さい頃からモルタルを塗ったりするのもお手のものでした。そんな厳しい父でしたから、父が呼べばすぐに飛んで帰れるよう、隣の書店にいるのが一番安全だったのです。

もちろん書店だけではなく、左手のレンタルブックストアーにもよく行き、恋愛小説、SF小説、漫画をたくさん読みました。でも父にレンタルブックストアーにいる事が見つかった時は最悪です、発覚すると必ず殴られるので。

その頃家はパン屋を経営していたので、店番をする必要がありましたが、暇な時間を見つけては書店やレンタルブックストアーに本を読みに行きました。レンタルブックストアーで読んだ本で印象深い小説は古龍4 の武俠小説です。当時武俠小説において最も有名な作家は二人いました。一人は古龍でもう一人は金庸5です。でも当時金庸はまださほど高い人気を誇っていませんでした。金庸の作品はどちらかというと史実に基づいた作品が多いですが、古龍の作品はファンタジー性が強く、そういった意味であの頃の僕らを引きつけてやまなかったのです。

私には1歳半離れた兄がおり、彼は私の上を行く読書家でして、兄と一緒にこれらの武俠小説をよく読みました。兄の血液型はA型で、B型の僕に比べてずっと真面目に、幅広い本をたくさん読んでいました。漫画もたくさん読みましたね、印象深いのは『おれは鉄平(中国語名:好小子)』、『釣りキチ三平(中国語名:天才小釣手)』、『三つ目が通る(中国語名:三眼神童)』、アニメ化された『マジンガーZ(中国語名:無敵鐵金剛)』、『グレートマジンガー(中国語名:大魔神)』、『コブラ(中国語名:眼鏡蛇)』等の漫画です、日本漫画が大人気でした。 (続きます!)

戴立忍(ダイ・リーレン) 1966年7月27日、台湾台東県生まれ。
国立台北藝術大学を卒業後、テレビドラマ「冬陽」で俳優デビュー。その後様々な作品に出演を重ねる。代表作に「月光」、「停車」、「ザ・ホスピタル(原題:白色巨塔〜The Hospital〜)」などがある。2009年に発表した「あなたなしでは生きていけない(原題:不能沒有你)」において監督、脚本、編集を担当し、台湾だけでなく各国の映画祭で賞を獲得した。
俳優としての最新作は、現在台湾で公開中の映画「寒蟬效應」。

  1. 柏楊〔はくよう〕は共産党の中国制圧後に台湾へ渡り、執筆を開始した台湾作家。上品な筆致による社会風刺が特徴で、小説や歴史書など多彩なジャンルの本を発表している。日本ではこれまでに『醜い中国人 なぜ、アメリカ人・日本人に学ばないのか』(1988年、光文社)、『中国人よ、お前はどんな呪いをかけられたのか』(1988年、学生社)、『絶望の中国人 なぜ、同じ過ちを繰り返すのか』(1988年、光文社)、『新醜い中国人「21世紀は中国人の時代」は大嘘だ』(1997年、光文社)、『異域 中国共産党に挑んだ男たちの物語』(2012年、第三書館)が出版されている。 []
  2. 何索〔かそう〕。1928年生まれの作家。美術・アート分野の記者として活躍した後、1976年に発表した『何索震盪』で人気作家となる。ブラックユーモアーの効いた文章で社会風刺小説やエッセイを多く発表した。 []
  3. 李敖〔りごう〕は、台湾の作家であり、中国近代史研究者、時事評論家、政治家。かつて国民党の独裁下では、反政府活動を行って軟禁・逮捕された経歴がある。2004年、立法院委員選挙に無所属で立候補し、当選している。著作に『北京法源寺』、『大江大海騙了你:李敖秘密談話錄(『台湾海峡一九四九はあなたを騙した:李敖の秘密談話録』)などがある。 []
  4. 古龍〔こりゅう〕。台湾の武俠小説作家。金庸、梁羽生と並んで新派武俠小説の三大家と称される。1985年9月21日没。幼少時代を香港で過ごし、13歳の時に台湾に移住。1960年、『蒼穹神剣』以降、武俠小説を書くようになる。完成した人格の主人公、頼りになる相棒、男同士の友情といった、いわゆる中期以降の古龍作品のテンプレートともいうべきスタイルは、1966年に発表された『武林外史』がその雛形とされる。主人公である沈浪、相棒の熊猫児、ヒロインの朱七七といったキャラクター達の造形は、楚留香や小李飛刀、陸小鳳シリーズ等の古龍作品にも踏襲されている。文体についてはかなり特徴があり、カメラを意識したような視覚的なものとなっている。日本では『歓楽英雄』、『マーベラス・ツインズ』、楚留香シリーズ、小李飛刀シリーズ、陸小鳳伝奇シリーズなどが翻訳出版されている。 []
  5.  金庸〔きんよう〕。香港の小説家。香港『明報』とシンガポール『新明日報』の創刊者。武俠小説を代表する作家で、その作品は中国のみならず、世界の中国語圏で絶大な人気を誇る。1955年に処女作『書劍恩仇録』の連載を開始して以来、1972年に『鹿鼎記』を最後の作品として断筆するまでに、長編を中心に15作の武俠小説を書き上げた。日本では徳間書店が90年代まったく無名だった金庸の全ての版権を買い取り、日本語訳の出版を決定。1996年に第一弾『書剣恩仇録』が発売され、『金庸武俠小説集』と名付けられたこのシリーズは、20043月までにすべて翻訳刊行され、2011年より文庫化が進められている。 []