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霧社事件の衝撃(2)

文=黒羽夏彦

セデック族の蜂起、そして日本軍による鎮圧──そうした過程でおびただしい犠牲者を出した霧社事件。映画「セデック・バレ」はモーナ・ルダオたちが虹の橋を渡って天の世界へ行くシーンで終わっているが、実際の事件はこれで終息したわけではない。

実はセデック族のすべてがモーナ・ルダオに呼応したわけではなく、一部の部落は情勢をうかがいながら日本側について討伐に協力した(彼らは「味方蕃」と呼ばれた)。事件後、抗日蜂起に参加した部落の生き残りは収容所に入れられ、「保護蕃」と称される。そして、19314月、「味方蕃」が「保護蕃」の収容所を襲撃、200人弱を殺害するという事件が起こった。第二次霧社事件である。

収容所は日本の警察が警備していたはずであるが、積極的に止めようとした形跡はない。日本側は第一次霧社事件で鎮圧作戦を進めるにあたり、セデック族内部の分断を図って同族同士で戦わせる方針を取った。「味方蕃」の頭目が戦死したこともあって双方に恨みが残り、そこに目を付けた日本人巡査が襲撃を煽動したといわれている。日本当局はかつて「陋習〔ろうしゅう〕」として首狩りを厳禁していたはずだが、一連の霧社事件では逆に奨励されるという奇妙な事態になっていた。

抗日蜂起に参加した6部落の人口は事件前には1,200人余りいたが、第二次霧社事件後には4分の1にあたる300人弱にまで激減。彼らは近くの川中島という所へ強制移住させられたが、そこでも霧社事件に参加した疑いで約40人が逮捕され、裁判を受けることなく秘密裏に殺害されたという。

家族や仲間たちが悲惨な最期を遂げ、それをじかに目の当たりにした記憶を抱きながら生き続けること。その耐え難さは想像を絶する。映画「セデック・バレの真実」(湯湘竹〔とうしょうちく〕監督、2013年)の中国語タイトルは「餘生〔ユーション〕」、すなわち「生き残り」という意味。生き残った人々と子孫が霧社事件をどのように考えているのか、彼らの肉声を拾い上げようとしたドキュメンタリーである。映画「セデック・バレ」と同じ果子電影の製作で、「セデック・バレ」のいわば続編という位置づけになる。霧社事件がその後に残した傷跡を知るためにも、機会があれば是非観て欲しい。

戦後、霧社へは意外と多くの日本人が入り込み、当時を記憶している人々からの聞き書きをまとめている。とりわけ、柳本通彦『台湾・霧社に生きる』(現代書館、1996年)、中村ふじゑ『オビンの伝言──タイヤルの森をゆるがせた台湾・霧社事件』(梨の木舎、2000年)、林えいだい『台湾秘話 霧社の反乱・民衆側の証言』(新評論、2002年)の3冊は証言者の話をもとに霧社事件の全体像を理解できるよう再構成されており、お勧めしたい。生き残った人々の証言としては、アウイヘッパハ(許介鱗解説)『証言霧社事件──台湾山地人の抗日蜂起』(草風館、1985年)やピホワリス(加藤実編訳)『霧社緋桜の狂い咲き──虐殺事件生き残りの証言』(教文館、1988年)もある。

霧社事件には様々に悲劇的な人生が交錯している。植民地当局はセデック族の中から特に優秀と見込んだダッキス・ノービン、ダッキス・ナウイの2人にそれぞれ「花岡一郎」「花岡二郎」という日本名を与えて特別な教育を施し、原住民族統治で積極的な役割を果たすよう期待した。しかしながら、霧社事件に直面した彼らはセデック族と日本のどちらに忠誠を尽くすべきか二律背反に陥り、最終的に自殺を遂げる。花岡二郎は『オビンの伝言』の語り手、オビン・タダオの夫であった。鄧相揚(下村作次郎監修、魚住悦子訳)『抗日霧社事件をめぐる人々──翻弄された台湾原住民の戦前、戦後』(日本機関紙出版センター、2001年)はこうした彼らの生涯を軸にして霧社事件の背景から戦後台湾における評価までトータルに描き出している。

赴任した日本人警官と現地有力者の娘との政略結婚も統治政策の一環として行われたが、任期を終えた夫が帰国して、現地妻が捨てられてしまうなどの問題が起こり、これも原住民族の日本不信の一因となっていた。こうした背景については鄧相揚(下村作次郎監修、魚住悦子訳)『植民地台湾の原住民と日本人警察官の家族たち』(日本機関紙出版センター、2000年)が調べ上げている。彼らの間に生まれた子供たちにも、戦後、そのまま台湾に残った人々がいるが、下山操子(柳本通彦編訳)『故国はるか、台湾霧社に残された日本人』(草風館、1999年)、杉本朋美『霧社の花嫁──戦後も台湾に留まって』(草風館、2005年)からは歴史に翻弄された苦労が垣間見える。

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA黒羽夏彦(くろはなつひこ) 台湾専門ブログ「ふぉるもさん・ぷろむなあど」、書評ブログ「ものろぎや・そりてえる」を運営。1974年生まれ。出版社勤務を経て、2014年3月より台南の国立成功大学文学院華語中心へ留学。東アジアの近現代に交錯したさまざまな人物群像に関心を持ち、台湾に視点を置いて見つめ直したいと考えている。