column_top_hybrid

一国家一言語一文学という近代文学の常識を鮮やかに覆し、
漢文、中国語、日本語、台湾語など多様な言語からなる台湾文学。
この多元性、ハイブリッド性こそが台湾文学のいちばんの特徴です。
今月は朱天心とその作品をご紹介します。

朱天心(1)

文=赤松美和子

今回ご紹介する作家は朱天心〔しゅてんしん〕です。

朱天心は、1958年に高雄県鳳山の軍人村で生まれました。姉の朱天文〔しゅてんぶん〕は侯孝賢〔ホウ・シャオシエン〕映画の脚本家としても有名な作家で、妹の朱天衣〔しゅてんい〕はエッセイストです。父の朱西甯〔しゅせいねい〕(1927-98)は山東省出身の外省人で軍人作家であり、母の劉慕沙〔りゅうぼさ〕(1935‐)は苗栗県出身の客家系本省人で、三島由紀夫や川端康成の翻訳でも知られる日本文学の翻訳家です。台湾生まれ台湾育ちの朱天心は、外省人二世と呼ばれながら、台湾の多民族性を自己において生きているのです1

華麗なる文学一族に生まれた朱天心は、胡蘭成〔こらんせい〕(1906‐81)を始め多くの文学者の知遇を受け、十代から創作を始め、台湾一の名門女子校である北一女(台北市立第一女子高級中学)在学中から、少女作家として文壇に名を馳せました。国立台湾大学歴史学科在学中には姉朱天文らとともに文芸雑誌『三三集刊』を創刊するなど、文壇の一大勢力を築き、卒業後も専業作家として作品を発表し続けます。

例えば15歳の時に発表した短編小説「梁小琪の一日(1973)の主人公梁小琪は、総統府前で中華民国建国を祝して行われた盛大なマスゲームに感極まる愛国少女として登場します2。朱天心の作品は、こうした朱天心自身をモデルとしたような青春小説から、1987年7月15日の戒厳令解除直前に発表した「記憶のなかで…3(聯合副刊、1987年6月20‐21日)を以て政治的色彩の強い作風へと一変していきます4

1994年に民進党の陳水扁が台北市長選挙に当選し、李登輝が初の直接選挙で総統再選を果たした96年の翌年、朱天心は、「まさか、あなたの記憶が何の意味もないなんて……」と語り始める小説「古都」を以て、台湾ナショナリズムに酔いしれていく台湾社会に対して強烈な一石を投じたのです。

小説集『古都』は、台湾では1997年に麦田出版から刊行され、多くの文学賞に輝き5、日本でも清水賢一郎の訳により2000年に国書刊行会より刊行されました。表題作「古都」に加え、短編小説「ハンガリー水」、「ティファニーで朝食を」、「ラ・マンチャの騎士」、「ヴェニスに死す」が所収されています。

バックナンバー
#1 台湾文学史 清朝〜日本統治時代はこちら
#2 台湾文学史 終戦〜70年代まではこちら
#3 台湾文学史 80年代〜2000年代まではこちら
#4 作家紹介第1回 黄春明・前編はこちら
#5 作家紹介第1回 黄春明・後編はこちら
#6 台湾文学は夏に作られる・前編はこちら
#7 台湾文学は夏に作られる・後編はこちら
#8 作家紹介第2回 白先勇・前編はこちら
#9 作家紹介第2回 白先勇・後編はこちら
#10 作家紹介第3回 李昂・前編はこちら
#11 作家紹介第3回 李昂・後編はこちら

10250674_794106527269313_1092258525_n赤松美和子(あかまつみわこ)
大妻女子大学比較文化学部准教授。
博士(人文科学)。1977年、兵庫県生まれ。
2008年、お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。専門は台湾文学。
著書に『台湾文学と文学キャンプ―読者と作家のインタラクティブな創造空間』(東方書店)がある。

  1. 朱天心は、幼い頃に一時期、苗栗の母の実家で過ごしたこともありましたが、大人になるまで多くの時間を、国民党の軍人たちの宿舎が並ぶ軍人村(眷村〔けんそん〕)と呼ばれる外省人集落で過ごしています(孫潔茹〔そんけつじょ〕「外省第二代的認同歴程-以朱天心及其小説為例」(『文化研究月報』第39期、2004年)参照)。 []
  2. 日本語訳はありませんが、朱天心『方舟上的日子』(聯合文学出版社、2001)に所収されています。 []
  3. 表題作「記憶のなかで…」(三木直大訳)は、山口守編『台北ストーリー』(国書刊行会、1999)に所収されています。 []
  4. この作風の変化について、朱天心は北一女の同級生である邱貴芬〔きゅうきふん〕との対談で、「私に比較的大きな影響を与えたのは郷土文学論争だろうと思います…(中略)…この論戦は私の考え方に大きなショックを与え、…(中略)…私の模索過程は十年に及んだのです」と語っています(邱貴芬『「(不)同國女人」聒噪』(元尊文化、1998年)131‐133頁参照)。 []
  5. 1997年度の行政院新聞局図書出版金鼎賞、「中国時報」十大好書、「聯合報」最優秀図書賞、第21回時報文学奨推薦賞など。 []