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一国家一言語一文学という近代文学の常識を鮮やかに覆し、
漢文、中国語、日本語、台湾語など多様な言語からなる台湾文学。
この多元性、ハイブリッド性こそが台湾文学のいちばんの特徴です。
今月は朱天心とその作品をご紹介します。

朱天心(2)

文=赤松美和子

今回は小説集『古都』から表題作「古都」をご紹介いたしましょう。

「古都」は、中年女性「あなた」をヒロインとする二人称語りの中編小説です。
学生時代の親友に京都に呼び出されたヒロインは京都で一人待ちながら、親友と夢中で遊んだ台北での少女時代から、娘との京都旅行、そして、現在に到るまでの記憶を辿ります。台北と京都との二つの都市の刹那性と永遠性とを対比させながらも記憶を辿り時空を往還していく内に、川端康成「古都」においてどちらが千重子でどちらが苗子なのかわからなくなってしまうように、その対比は次第に揺るぎ無効化されていきます。

ヒロインは、川端康成「古都」の真一と千重子の足跡を辿り、京都の円山公園を初めて訪れ、「どうして彼ら日本人がかくも公然とわれらが円山〔ユアンシャン〕の名を使っているのか」1と訝しく思いつつも自分の記憶を疑ったりはしませんでした。しかし、台北で円山〔ユアンシャン〕河浜公園に遠足に行った娘に、「何で日本人の地名の真似なんかしているの」2と尋ねられ、混乱し、答えに詰まってしまいます。京都で友人を待つヒロイン「あなた」は、書店で偶然見つけた植民地ガイド3を携え台北を巡り、かつて日本が、台北盆地全体の地理的な位置関係を京都に見立て、基隆河を鴨川に、剣潭山を東山として、台湾神社を建立し、現在は円山〔ユアンシャン〕と呼ばれているその地を円山町と名付けていたことを知るのです4

オランダ、清国、日本、国民党、民進党がそれぞれの歴史を押し付け何度も書き換えてきた台湾の歴史とそれに伴う記憶の喪失、或いは近代化という名の下に破壊を繰り返す東アジアの都市の記憶の喪失を、「古都」は、台北に幾重にも刻まれた記憶の断層を露わにし、自分の記憶すらも疑いながら表わしています。

こうした二項対立を無効化し、多様な読みを喚起する「古都」の豊饒さは、川端康成「古都」を始め、連横〔れんおう〕『台湾通史』、陶淵明〔とうえんめい〕「桃花源記」、フロイト、ソロー、D.H.ロレンスなど多くのテクストを作中にモザイクのように埋め込むインターテクスチュアリティによっても体現されています。作中には、アダン、ハマボウ、ビンロウ、ダイオウヤシ、ナツメヤシに加え、オランダ人がもたらしたランタナ、日本人が植えた桜、羅漢松と南洋杉など台湾に生育する様々な植物が、瑞々しく薫り立ち、五感を刺激しながら、ヒロインを、読者を記憶の旅に誘うのです。

「まさか、あなたの記憶が何の意味もないなんて……」、朱天心から「あなた」への問いかけに、もし少しでも心揺さぶられたなら、ぜひ『古都』を手に取って味わってください、薫り高き極上の文学体験を。

バックナンバー
#1 台湾文学史 清朝〜日本統治時代はこちら
#2 台湾文学史 終戦〜70年代まではこちら
#3 台湾文学史 80年代〜2000年代まではこちら
#4 作家紹介第1回 黄春明・前編はこちら
#5 作家紹介第1回 黄春明・後編はこちら
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10250674_794106527269313_1092258525_n赤松美和子(あかまつみわこ)
大妻女子大学比較文化学部准教授。
博士(人文科学)。1977年、兵庫県生まれ。
2008年、お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。専門は台湾文学。
著書に『台湾文学と文学キャンプ―読者と作家のインタラクティブな創造空間』(東方書店)がある。

  1. 朱天心著、清水賢一郎訳『古都』(国書刊行会、1999)49頁。 []
  2. 同上、49頁。 []
  3. 恐らく又吉盛清『台湾 近い昔の旅・台北編―植民地時代をガイドする』(凱風社、1996)だと思われる。 []
  4. 朱天心著、清水賢一郎訳『古都』(前掲書)127頁。 []