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台湾原住民族の復権運動

文=黒羽夏彦

 

2011年に公開された魏徳聖〔ウェイ・ダーション〕監督の映画「セデック・バレ」のテーマは霧社事件。1930年、積み重なる不満に耐え切れなくなった台湾原住民のセデック族が日本人を襲撃した。日本側の報復は苛烈を極め、双方におびただしい犠牲者を出した事件であり、日本と台湾との関係を考える上で忘れるわけにはいかない(「霧社事件の衝撃(1)(2)」を参照)。

ところで、少し古い本を見ると、霧社事件で蜂起したのはセデック族ではなく、タイヤル族と記されていることがある。これは一体どうしたわけか? 事情は少々複雑だ。

現在、台湾原住民族は合わせて50万人弱、台湾の全人口のうち約2%を占める。「原住民族」と一括りにした言い方をすると誤解を招きかねないが、その内訳は一様ではない。当初、原住民族は9つあるとされていた。ところが、固有の文化的特徴を持つにもかかわらず無視されてきた人々が声を上げ始めた結果、近年、独自の原住民族として認定されるケースが現われている1。2014年6月にはサアロア族とカナカナブ族が認定されたため、現時点では16の民族があるというのが政府の公式見解である。この数は今後も増える可能性がある。セデック族は従来、タイヤル族の一支族とみなされていたが、2008年に独自の原住民族と認定された。

当初の9民族以外で初めて独自の民族として認められたのは、日月潭の沿岸に住むサオ族である。2001年に10番目の原住民族と認定され、これは他の原住民族の動向にも大きな影響を及ぼした。坂野徳隆『台湾・日月潭に消えた故郷──流浪の民サオと日本』(ウェッジ、2011年)は日月潭の神秘的な風景を舞台に、サオ族が翻弄された歴史を描き出したノンフィクションであるが、民族認定を受けてもなおサオ語の伝承者がほとんどいないことなど、彼らが現在直面している問題をも見据えている。

こうした動向は台湾の民主化に伴って活発化してきた。かつては日本という支配者によって、また戦後はマジョリティーとなった漢民族系の影に隠れてその存在を周縁化されてきた原住民族が、ようやく自らの尊厳を求めて声を上げることができるようになったのである。

実は日本の敗戦直後の時期から、台湾原住民族の間で自治を求める動きは確実にあった。ところが、それを自分たちへの反抗とみなした当時の国民党政権は、指導的な役割を果たそうとしていたツォウ族の高一生(矢多一生、ウオグ・ヤタウユガナ)、タイヤル族の林瑞昌(日野三郎、ロシン・ワタン)といった人々を捕えて処刑してしまった。彼らについて知るのに手頃な日本語書籍は少ないが、タイヤル族の作家ワリス・ノカンの著した「ロシン・ワタン」(『台湾原住民文学選3 永遠の山地 ワリス・ノカン集』中村ふじゑ他訳、草風館、2003年)があるほか、周婉窈(濱島敦俊監訳、石川豪、中西美貴、中村平訳)『図説 台湾の歴史 増補版』(平凡社、2013年)でも触れられている。

台湾原住民族による復権運動の近年に至るまでの経緯については、山本春樹、黄智慧、パスヤ・ポイツォヌ、下村作次郎編『台湾原住民族の現在』(草風館、2004年)に収められた諸論考を参照されたい。また、原住民族の作家たちは自らの思いを作品に託して表現している。その日本語訳が『台湾原住民文学選』(草風館)としてまとめられており、現時点では第9巻まで刊行されている。こうした作品を通して、多様な感性がポリフォニックに響き渡る台湾原住民族文化の奥深さを垣間見ることができるだろう。

 

 

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#7台湾経済をいろどる人々(1)
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OLYMPUS DIGITAL CAMERA黒羽夏彦(くろはなつひこ) 台湾専門ブログ「ふぉるもさん・ぷろむなあど」、書評ブログ「ものろぎや・そりてえる」を運営。1974年生まれ。出版社勤務を経て、2014年3月より台南の国立成功大学文学院華語中心へ留学。東アジアの近現代に交錯したさまざまな人物群像に関心を持ち、台湾に視点を置いて見つめ直したいと考えている。

 

  1. こうした動向の背景については、野林厚志・宮岡真央子「台湾の先住民とは誰か──原住民族の分類史と〈伝統領域〉概念からみる台湾の先住性」、窪田幸子・野林厚志編『「先住民」とはだれか』(世界思想社、2009年)を参照のこと。 []