『モノ、インナーワールド(仮題)』(原題:『物裡學』)

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刊行当時は、カバーが三色用意されていた

刊行当時は、カバーが三色用意されていた

アダルトビデオ (原題 「A片」)

訳=天野健太郎

このあいだ、パソコンのパーツを更新するために、新しくなった光華商場〔こうげしょうば〕までひとっ走りした。[2006年に松江路跨線橋下から移転]

一角にあるビデオショップを通り過ぎたとき、店のおばあちゃんが黙って段ボールを片付けているのが見えた。息子であろう男は、真面目な顔でDVDを補充したり、新作を薦めたり、お客さんの問い合わせに答えたりしている。レジ担当の奥さんはベビースリングで赤ちゃんを抱いて、ちょっと高いところから店全体を見下ろす。店にはずらり、今クールの日本と韓国のドラマが並んでいる。もっとも、品揃えが一番充実しているのは、アダルトビデオだ。

そんな彼らを目で追いながら、奇妙な「あたたかさ」を感じた――ここは本当、一般庶民が地道に営む“家内制小売業”なんだよなぁ。そりゃ、売ってるのはアダルトビデオ(ましてや海賊版)だから、人様に自慢できる商売じゃないし、堅い人には目の敵にされるし、下手すりゃガサ入れに遭うことだってあるけれど……。ぼくらにしたって、それが女性を“モノ”として扱っていることくらい百も承知だ。でも、男性がそうやって女体に欲情しているあいだというのは、自分を“別モノ”として切り離しているものだ。

今はもう、あのおばあちゃんの店に寄ることはないけど、実はぼくは、20年以上前から彼女を知っている――高校時代、クラスの仲間たちと金を出しあって、いつもあの“おばちゃん”の店でアダルトビデオを買っていた。当時、おばちゃんは旧・光華商場の地下1階に店を出していた。といっても、シャッターは半開きで、営業時間は夜のみだった。店に入れば、大の男がみな押し黙り、カタログ(!)を片手に、めいめいの現実から逃避するための欲望のドアを探していた。客が書き入れた番号を一瞥し、おばちゃんがしばし消える。そして、どこかの巨大倉庫から弁当箱みたいなVHSテープを持ってくるのだ。

そんな秘密めいた儀式を経て入手したアダルトビデオは、仲間で順番に持ち帰って見たのだが、ぼくらには、先生には見つけられっこない最高の隠し場所があった。それは教室の前と後に掲げられた“御真影”の裏――孫文公と蔣介石公の肖像写真と壁の間にできた、45度の隙間だった。当時、ぼくらは本当にトチ狂っていて、まったく恐いもの知らずだった。もっともそのエンディングは――偉大なる建国の父たちも腹を据えかねたのか(あるいはAV女優の重さに耐えかねたのか)、御真影と一緒にビデオが落ちてきた。

80年代の台北でマイナー映画を鑑賞する場所と言えば、民国フィフティーズ[民国暦50年代、1961-70年生まれ]の元・サブカル青年たちは「ビデオ・ルーカス(影盧)」か「太陽系」といったアート系ミニビデオシアター[「MTV」、台湾でかつて流行した、概ね健全な個室ビデオ屋]の名前を挙げる。ぼくは民国シックスティーズ[同 71-80年生まれ]の前半組だけど、高校生のころから先輩に連れて行かれ、こうした秘密基地で伝説の巨匠たちの作品に触れることができた。おかげで、受験という一本道をただ追い立てられていたぼくの頭に、大きな風穴がひとつ開いたのだ。

しかしだ、そんな“文化的”反抗は結局、精神という形而上の要請に過ぎないのであって、ホルモン分泌が旺盛な少年には当然、形而下の発散・解放――つまりはある種の“慰め”が圧倒的に必要だった。当時、信義路から永康街を入って、有名レストラン「高記」の隣には、アダルトビデオ専門のミニビデオシアターがあった。毎日放課後、有名高校の名入りカバンを肩からかけ、興奮と羞恥心を胸に秘めて、たくさんの男子学生が、こそこそと2階へ上がっていったのだ。

1988年1月、蔣経国総統が逝去した[蔣介石の長男。78年総統(大統領)就任]。全市の高校が半日休校となり、先生も生徒もみな葬列に参加し、哀悼の意を捧げなければならなかった。しかし、ぼくは不敬千万にも、新聞部の連中と結託して(あのころ、ぼくらは国民党を批判する左傾発禁本・雑誌を回し読みしていて、独裁統治の裏側を垣間見ていた)、哀しみに包まれた送迎バス待ちの隊列から抜け出した。冷たい風の中、ぼくらは走り、袖に付いていた喪章を外した。

冬も終わりに近づいた午後、高校生の集団がカーキ色の制服に身を包み、静まりかえった台北の街をふらふらしているのは実に目立つ。ぼくらは急いで隠れる場所を見つけなきゃならなかったのだが、間の悪いことに、その日はありとあらゆる遊び場が営業を自粛していた。あのエロ・ミニビデオシアターもシャッターを半分下ろし、灯りを消していた。ぼくらは厚かましくも、大将に頼み込んで中に入れてもらい、いつも通りビデオを選んで、ふわふわした気持ちを抱えたまま、ひと坪ほどの薄暗い小部屋に逃げ込んだ。

ブラウン管に映し出された激しいからみは、いちいちぼくらに、いくばくかの罪の意識を感じさせた(特に「全国哀悼」の時刻には)。でも正直、そこには一種、村上龍の小説に出てくるような、アウトサイダー的快楽があった。そして、男女平等の概念などかけらもない男子高校生は、中身がない、退屈な2本のアダルトビデオによって、国家神話に対する信仰と盲従をひとつひとつ汚していったのだ。

今でもなんとなく覚えている。あの日、家に帰る途中、ぼくは夜の風を顔に受けとめながら、真剣に、蔣経国総統に懺悔した。でも同時に、なんとも言えない軽やかな、変革と早春の息吹を感じていたのだ。

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訳者プロフィール

天野健太郎(あまの けんたろう)
1971
年、愛知県生まれ三河人。京都府立大学文学部国中文専攻卒業。2000年より国立台湾師範大学国語中心、国立北京語言大学人文学院へ留学。帰国後は中国語翻訳、会議通訳者。聞文堂LLC代表(ツイッターアカウント「 @taiwan_about 」)。台湾書籍を日本語で紹介するサイト「もっと台湾(http://www.motto-taiwan.com )」主宰。訳書に『台湾海峡一九四九』龍應台著(白水社)、『交換日記』張妙如、徐玫怡著(東洋出版)、『猫楽園』 猫夫人著(イースト・プレス)。『日本統治時代の台湾』陳柔縉著(PHP研究所)。俳人。