文=天野健太郎

「ありがとう、ぼく“を”所有してくれている、モノたち。」

ありふれた45の“モノ”をテーマにした、あたたかく、軽やかなサブカルエッセイ。それは、1972年生まれの著者による、村上春樹「小確幸〔しょうかっこう〕」とベンヤミン(ドイツ人思想家1892-1940)「凝視」の実践――物を集めて、手にとって見つめ、そして考える。そんなふうに、モノとのあいだでひそやかな対話を重ねていけば、いつしか、ヒトとモノのあいだにある主従関係が覆されていく……。そして心に残る、小さいけれど確かな幸せ……。

屁理屈とユーモア、そしてセンチメンタルにあふれた文体で描くモノとエピソードたち――インスタントラーメンから貧乏留学時代を思い出し、グラスへのこだわりをとつとつと語り、Tシャツから民主運動を振り返り、アダルトビデオを蔣経国と結びつけ、コピー機が持つ社会学的意味を追求し、熱いバスタブに浸かって涙を流す……

同時代を生きる台湾人は、どんなモノを買い、集め、楽しみ、なにを思ってるんだろう? そして民主化と経済発展が急速に進んだ台湾社会で、彼らはどんな青春を過ごしていたか?

気鋭の社会学者で、社会運動にも積極的にコミットメントしている著者は、モノを見つめることで、個人と社会の距離感を測りなおしているように見える。

もっともそこには、色とりどりのポップカルチャーが登場する(目次参照)。ジャンルは、ロックミュージック、映画、ファッション、建築、絵画、工業製品と横断的。そして台湾、日本だけでなく、欧米、アジアと多国籍のごった煮で、享受する作品・作家の時代性は並列的である。小津安二郎、出前一丁、三鷹、サザンオールスターズ、紀田順一郎、どっちの料理ショー……と、日本の文物が取り上げられるからでなく、まさにその雑食性は、バブル経済を経てポップカルチャーを享受してきた日本人となにも変わらない(著者は、日本に長期滞在経験がある)。

そしてベンヤミン以外にも、ボードリヤール、バルト、バシュラールなどの引用がたびたび登場する。でもそれは、教条的でも衒学的でもなく、まるでただ、好きなアイドルのセリフや歌詞を諳んじるように、キラキラとちりばめられている。

「だんだんわかった――幸せは、闇雲に駆けずり回ったあげく、結局、自分のなかで見つけ出すしかないんだ。」

『モノ、インナーワールド(仮題)』(原題:『物裡學』)

仮題:『モノ、インナーワールド』
原題:『物裡學』 物理学のもじりで、モノの中から学ぶ、の意。
著者:李明璁
撮影:郭怡均
出版社:遠流出版
仕様:カラー、横組、205ページ、2009年6月初版刊行
カテゴリー:エッセイ、社会学、サブカルチャー
リンク(博客來):
http://www.books.com.tw/products/0010436340

目次
(タイトルと取り上げられた文物・人物・場所)

1 自序「モノを中から見る、モノの中から学ぶ」 P8
(ツァイ・ミンリャン、パッサージュ・デ・パノラマ、スーザン・ソンタグ、村上春樹、ランゲルハンス島の午後、ハンナ・アーレント、ゴーゴリ)
2 グラス
(下北沢、珈琲時光、ベトナムコーヒー、谷川俊太郎、アラン・マクファーレン)
3 箸
(ロラン・バルト)
4 フォーク
(カペリーニ、モンテーニュ、フェルナン・ブローデル、プルースト)
5 お椀
(ラーメン、炸醤麺、レヴィ=ストロース、ロジェ=ポル・ドロワ)
6 キーボード
(エーリヒ・フリート、キース・ジャレット、ヴァージニア・ウルフ)
7 本
(とくになし)
8 本棚
(IKEA)
9 ダイアリー
(セルバンテス、ドン・キホーテ、メキシコ)
10 雨傘
(ブラームス)
11 電球
(ダダイズム、青いパパイヤの香り、芦原義信、ボードレール、谷崎潤一郎)
12 ボタン
(台北盆地、ナポレオン、ルイ14世)
13 ジーンズ
(マクドナルド、レヴィ=ストロース、ベンヤミン、ジャン・ジュネ)
14 草履
(サザンオールスターズ、ビーチボーイズ(ドラマ)、あだち充、ポリネシア)
15 スーツケース
(ランボー、ガストン・バシュラール、空間の詩学、ヴァージニア・ウルフ)
16 絵葉書
(ミシェル・ド・セルトー、つくば万博、ポストカプセル郵便)
17 写真
(アンコールワット)
18 和服
(渋谷、小津安二郎、東京物語、イッセイミヤケ、モネ、ラ・ジャポネーズ)
19 駅弁
(宇都宮、紀田順一郎、林屋辰三郎、バルト)
20 畳
(どっちの料理ショー、アルプスの少女ハイジ、小津安二郎、カニ足、新竹)
21 地図
(ロンリープラネット、ボードレール、バルト、村上春樹)
22 看板
(香港)
23 アイスキャンディー
(イプセン、ニュージャージー、梁啓超、購買部、台湾製糖)
24 フィルム
(アグファ、ジャン=フィリップ・トゥーサン、ブレッソン、明るい部屋)
25 Tシャツ                 部分訳を読む
(皇帝円舞曲、ジョイ・ディヴィジョン、ウォーホール、ワイルド・アット・ハート)
26 アダルトビデオ              部分訳を読む
(光華マーケット、韓流、VHS、蔣経国、村上龍)
27 大麻
(コールリッジ)
28 バスタブ
(原付、軽トラ、カム川、江國香織、存在の耐えられない軽さ)
29 イヤホン
(ビートルズ、ザ・スミス、ピンク・フロイド、ビル・エヴァンス、iPod)
30 レントゲン
(エジソン、ミシェル・フーコー、ノルウェイの森)
31 コピー機
(ベンヤミン、テオドール・アドルノ、チェスター・カールソン、ニーチェ)
32 無印良品
(ウィリアム・ギブソン、パターン・レコグニション、原研哉)
33 自動販売機
(八重洲、東大、三鷹、イギリス、アメリカ、鷲巣力)
34 口紅
(木村拓哉、カネボウ、デビッド・ボウイ、ジョージ・ワシントン、ヴォーグ)
35 遊園地のコーヒーカップ
(ロジェ・カイヨワ、遊びと人間)
36 車
(トランスフォーマー、ケミカル・ブラザーズ、ナイトライダー、ボードリヤール)
37 台北101
(林志玲〔リン・チーリン〕、ロード・オブ・ザ・リング、象山、モーパッサン)
38 インスタントラーメン
(ブロークバック・マウンテン、バクテー麺、男はつらいよ、安藤百福、出前一丁)
39 MSN
(とくになし)
40 ゴミ箱
(ボードリヤール、マルクス、共産党宣言、1973年のピンボール)
41 小物
(ハバナ、任天堂、武蔵野市境南町、フランス人権宣言、プラハ、ルノワール)
42 腕時計
(主人公は僕だった、マーシャル・マクルーハン、A Geography of Time)
43 カギ
(谷崎潤一郎、鍵、ウルリッヒ・ベック)
44 ゼムクリップ
(変形筆箱、マックス・ウェーバー、ドロワ、香港、伊東屋)
45 解説 「掛け時計が語る作者・李明璁について」
(下北沢、 ドビュッシー)

著者
李明璁(リー・ミンツォン/り めいそう)
1972年、台湾生まれ。台湾・清華大学大学院社会学研究科修了。イギリス・ケンブリッジ大学(キングス・カレッジ)へ留学、社会人類学博士号取得。2001年には、日本、ICU(国際基督教大学)で客員研究員を勤める。現在、国立台湾大学社会学部及び大学院の准教授。主な研究領域はメディア消費、都市変遷、グローバル・カルチャー。
文化批評のニュースターとして、数多くの新聞・雑誌で執筆活動を行う。映画雑誌『Cue. 電影生活誌』編集長。『中国時報』連載エッセイをまとめた本作が最初の単行本(邦訳なし)となる。
また、2008年11月に起こった「野いちご学生運動(集会デモ法改正廃止を求めての座り込み運動)」の発起人として支援を表明するなど、社会問題へも積極的にコミットメントしている。アムネスティ・インターナショナル台湾の副理事。
ブログは「wander/wonder-land」(http://blog.roodo.com/camduck/
ツイッターは「@Camducklee」

撮影:郭怡均(グオ・イージュン/かく いきん)
台北生まれ。台湾大学歴史学部卒業。フランス・ナント美術学校在学中(刊行時)。

部分訳1を読む
部分訳2を読む

 

本書の日本語版の刊行予定はまだありません。
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執筆者プロフィール

天野健太郎(あまの けんたろう)
1971
年、愛知県生まれ三河人。京都府立大学文学部国中文専攻卒業。2000年より国立台湾師範大学国語中心、国立北京語言大学人文学院へ留学。帰国後は中国語翻訳、会議通訳者。聞文堂LLC代表(ツイッターアカウント「 @taiwan_about 」)。台湾書籍を日本語で紹介するサイト「もっと台湾(http://www.motto-taiwan.com )」主宰。訳書に『台湾海峡一九四九』龍應台著(白水社)、『交換日記』張妙如、徐玫怡著(東洋出版)、『猫楽園』 猫夫人著(イースト・プレス)。『日本統治時代の台湾』陳柔縉著(PHP研究所)。俳人。