『モノ、インナーワールド(仮題)』(原題:『物裡學』)

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『モノ、インナーワールド(仮題)』(原題:『物裡學』)

刊行当時は、カバーが三色用意されていた

Tシャツ(原題 「T恤」)

訳=天野健太郎

寒冷前線がやってきて、おまけに停滞までしちゃってるので、不本意ながらも衣替えを始めた。シッチャカメッチャカのクローゼットを開けて、セーターを一番上に、Tシャツを一番下に入れ替えなきゃならない。ベッドの上であぐらをかいて、Tシャツを目の前に積む――五、六枚の高さでずらりと並ぶ。そして、長年夜市で服を売っているオヤジみたいな手慣れた手付きで、一枚一枚広げては、たたみ直す。

年末恒例のTシャツ片付けは、いわば秘密のイニシエーションみたいなもので、ぼくとしては、これがないと年の瀬の雰囲気が出ないのだが、友人たちにはどうも理解不能らしい――おおげさ! そのままタンスにつっこめ! Tシャツは手軽さが命! でも、ぼくはやっぱりやめられない。毎年、Tシャツたちに隊列を命じ、一着づつ、眺め、触れ、そしてもちろん、匂うのだ(洗剤の淡い香りがたまらない)。

Tシャツをたたむ反復運動には、ヨハン・シュトラウス二世の円舞曲が一番マッチする。左右の袖を後ろに折り、裾を背に返して、襟の高さと合わせ、最後に襟首と胸元の皺を伸ばす。三拍子の優雅なワルツに乗って、それぞれ違うTシャツのくせにあわせ、ぼくの手も軽快にタクトを振る。わざとらしいと思いつつも(CMじゃないんだから)、でもいつもそこに、シンプルな心地よさを感じてしまう。

Tシャツが大好きな人は誰だって、自分のTシャツ・ストーリーを持っているはずだ。Tシャツは我々に着られているだけでない。彼らは、我々の生活を切り取ってくれているのだ。小学校のころ着ていたTシャツは、お母さんに買ってもらったやつか、誰かのお下がりだった。中高のころは、自分で選んだTシャツが、制服の中でうずうずしていた。大学に上がると、Tシャツは世の中を堂々闊歩し始め、なんの遠慮もなく、自分と仲間たちのアイデンティティを示した。でも、みんな社会人になり、Tシャツは無念にも、その現役生活を終える。

ぼくのTシャツ・ストーリーも、途中までは同じような軌跡を描いていた――最初は固く手を繋ぎ、その後、自然消滅しかかっていたのだが、なぜか三十路に突入してからよりを戻し、それ以降はむしろ安定期に入り、どうやら、共に白髪の生えるまで、になりそうだ。

もしもTシャツにプリントされた特定の絵柄や文言が、なんらかのアイデンティティを表明するのであれば、17歳のぼくが選んだ2枚のロックンロールTシャツ(ヴェルヴェット・アンダーグラウンドとジョイ・ディヴィジョンのアルバムジャケット)はつまり、「ぼくはもう大人だ!」という、すげえクールな(つもりの)宣言であった。

そういえばこのあいだ、人生の中でも思いがけない出来事がひとつあった。かつては“反社会的”なぼくを、ひどく心配していた父だったが、それから十数年が経ったある日、どこかにしまってあったらしい新聞の切り抜きをぼくにくれた。それは1991年5月16日、『自立晩報』の一面トップ記事であった。写真には、大学2年生のぼくが、アンディー・ウォーホールのTシャツを着て――つまりヴェルヴェット・アンダーグラウンドのために描かれた黄色いバナナを胸に、他校の学生とともに、行政院[中華民国の行政機関。日本の内閣に相当]前で、デモ鎮圧の警察隊と睨みあっている姿があった。あぁ~、このバナナTシャツを取って置かなかったことには、ちょっとだけ後悔している。残してあればときどき取り出して、あのころの純粋で、熱い気持ちを忘れんなよ! と自分を叱咤できたのに。

ロックTシャツだけじゃなく、青春の肉体に貼りついて、路上で小競り合いした「学生運動Tシャツ」たちも、とうの昔にリサイクル収集車に放り込んでしまった。例えば、「労働者は団結する! 支え合って前進せよ!」のスローガンTシャツは、基隆バス・ストライキの支援のとき着ていたし、また、胸に「反核」と大きく書かれたTシャツは常日頃、大学に着て行った。ただあのころは、デモは遊びじゃないし、Tシャツは記念品じゃないと思ってたから、わざわざ取っておくような風潮はなかった。

そういうなら、90年代後半の台湾は、陳水扁キャラのTシャツがあんなに人気があって、みんな心待ちにしていた「民主と進歩」を高らかに宣言していたけど、今となっちゃあ、手元に引っ張り出しても悲嘆にくれるだけなんじゃなかろうか?[2000年総統に就任した民進党・陳水扁が、のちに汚職まみれになったことを指す] 大学院を出たあと、ぼくはパリッとしたワイシャツが似合うサラリーマンになるべく頑張った。Tシャツの上に書かれた熱いスローガンとロマンチックなフレーズは、徐々に青春後半戦の重荷となり、夢を追いかけられない臆病なぼくをあざ笑った。

もっとあとになって、ふわふわと留学生活をスタートさせ、キャンパスに舞い戻ったぼくの体には、またもや安くて気軽、なおかつメッセージ表明機能完備のTシャツがまとわれることとなった。バックパック旅行にハマっていたぼくは、食住は極力節約、ショッピング禁止。ただ、その土地でしか売ってないTシャツだけは買うことを自分に許した。さまざまな場面で入手したTシャツは、着用可能な絵葉書みたいなもので、ときには異国への思いをかき立て、ときにはふるさとの匂いを思い出させてくれた。

今は、いろんなTシャツを着る――ロック系、市民運動系、サブカル系、癒し系、KUSO[悪ふざけ]系、手作り系、アンチグローバリズム系、ブランドパロディ系、いっそ真っ白か真っ黒のシンプル系など。青春の「バナナTシャツ」みたいな情熱はもう持ちあわせてないけれど、それでも『ワイルド・アット・ハート』のラスト、ニコラス・ケイジの名セリフのように――「このヘビ革ジャケットは、俺という人間の象徴だ!」――Tシャツはいつまでも、ぼくを象徴しつづけるのだ。

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訳者プロフィール

天野健太郎(あまの けんたろう)
1971
年、愛知県生まれ三河人。京都府立大学文学部国中文専攻卒業。2000年より国立台湾師範大学国語中心、国立北京語言大学人文学院へ留学。帰国後は中国語翻訳、会議通訳者。聞文堂LLC代表(ツイッターアカウント「 @taiwan_about 」)。台湾書籍を日本語で紹介するサイト「もっと台湾(http://www.motto-taiwan.com )」主宰。訳書に『台湾海峡一九四九』龍應台著(白水社)、『交換日記』張妙如、徐玫怡著(東洋出版)、『猫楽園』 猫夫人著(イースト・プレス)。『日本統治時代の台湾』陳柔縉著(PHP研究所)。俳人。