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蒋介石評価の難しさ(2)

文=黒羽夏彦

 

独裁者のイメージが強い蒋介石だが、大陸にいた頃は軍閥割拠、国民党内の主導権争い、日本軍の来襲、そして共産党との対決など様々な試練に翻弄されて、実はリーダーシップを握ることができないままだった。皮肉なことに、国共内戦に敗れてほうほうの体で逃げ延びた先の台湾でようやく強固な独裁体制を確立することになる。松田康博『台湾における一党独裁体制の成立』(慶応義塾大学出版会、2006年)は、国民党の権力機構が台湾で確立される過程を詳細に描き出している。

蒋介石をどのように評価するかはなかなか難しい。個々の政治的局面で彼の果たした役割が多岐にわたるというだけでなく、彼をみつめる後世の人々の視線そのものに、それぞれの立場から何らかの政治的バイアスがかかっているケースも多いからである。

国民党政権を正統とみなすかつての歴史観では当然ながら蒋介石の評価は高いが、戒厳令体制における恐怖政治の最高責任者はまさに蒋介石であったがゆえに、台湾における民主化は蒋介石批判と表裏一体となって進んだ。他方で、本来、国民党とは敵対関係にあった共産党が統治する大陸の方で、中台統一を図る民族主義的な観点からむしろ蒋介石再評価の気運が高まるという逆転現象も見受けられる。

近年はスタンフォード大学フーバー研究所で蒋介石日記が公開されて、より詳細な検討が可能となり、政治的な立場から離れた研究も着実に進んでいる。そうした成果の広がりは、例えば山田辰雄・松重充浩編著『蒋介石研究──政治・戦争・日本』(東方書店、2013年)に見ることができる。やはり蒋介石日記を踏まえて日中戦争期における蒋介石の外交指導を分析した家近亮子『蒋介石の外交戦略と日中戦争』(岩波書店、2012年)では様々な要因が絡まり合って一面的な解釈の難しい様相を「多面体のプリズム」と表現しているが、蒋介石評価の複雑さを端的に言い表している。

野嶋剛『ラスト・バタリオン──蒋介石と日本軍人たち』(講談社、2014年)は、蒋介石日記に「白団〔パイダン〕」の記述が頻出することに気付き、蒋介石の対日観を考える上で重要な切り口となると考えたことをきっかけに史料を渉猟し、関連する人物にも丹念な取材を重ねて、「白団」をめぐる人物群像をヴィヴィッドに描き出している。「白団」とは戦後、「反共」の大義名分で台湾へ渡った日本の旧帝国軍人たちを指す。トップになった富田直亮の変名が白鴻亮であったことにちなんで「白団」と呼ばれた。「白団」に関しては中村祐悦『白団──台湾軍をつくった日本軍将校たち』(新版、芙蓉書房出版、2006年)がある他、同様に台湾へ渡った軍人・根本博を取り上げたノンフィクション、門田隆将『この命、義に捧ぐ──台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(角川文庫、2013年)もよく読まれている。

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA黒羽夏彦(くろはなつひこ) 台湾専門ブログ「ふぉるもさん・ぷろむなあど」、書評ブログ「ものろぎや・そりてえる」を運営。1974年生まれ。出版社勤務を経て、2014年3月より台南の国立成功大学文学院華語中心へ留学。東アジアの近現代に交錯したさまざまな人物群像に関心を持ち、台湾に視点を置いて見つめ直したいと考えている。