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一国家一言語一文学という近代文学の常識を鮮やかに覆し、
漢文、中国語、日本語、台湾語など多様な言語からなる台湾文学。
この多元性、ハイブリッド性こそが台湾文学のいちばんの特徴です。
今月は楊逵とその作品をご紹介します。

楊逵(2)

文=赤松美和子

今回は、楊逵の代表作である「新聞配達夫」をご紹介いたしましょう。

「新聞配達夫」は、東京で求職中の主人公「私」が、新聞配達夫募集の貼り紙を見つけ、新聞販売店に飛び込む場面から始まります。保証金と称して新聞販売店の主人に持ち金をすべて差し出し無一文となった「私」は、新聞販売店の二階に住み込み、同僚の田中君に助けられなんとか飢えを凌ぎながら精一杯働きます。しかし、過酷な労働を強いられた挙句に、新聞勧誘の成績が芳しくないという理由で身ぐるみはがされ放り出されてしまいます。

物語の後半では、このような劣悪な環境にあっても帰ることがかなわない台湾の現実が語られます。製糖会社が、鬼畜の新聞販売店の主人と同じように狡猾に村の土地を収奪し、主人公の一家は破滅へと追い込まれました。自作農であった父は買収に反対したために受けた拷問がきっかけとなり亡くなり、母も床に伏し自ら命を絶ったのです。

希望の見えない中、伊藤君、田中君、「私」たち労働者は手を取り合い、新聞販売店の主人、製糖会社、村長といった資本家たちに抵抗する方法を企てますが……。

このように「新聞配達夫」は典型的なプロレタリア文学です。「新聞配達夫」が掲載された『文学評論』は台湾では発禁でしたが、日本文壇で認められた台湾人作家として楊逵の名は台湾文壇に知れ渡っていきました。楊逵は、1935年に雑誌『台湾新文学』を創刊し、文芸大衆化を唱え、日本プロレタリア文学を台湾に根付かせようと試みたものの、376月には廃刊に追い詰められ、病も患い困窮に陥っていました。

窮地から楊逵を救ったのが、「新聞配達夫」を読んで感動したという文芸好きの警察官・入田春彦〔にゅうたはるひこ〕(1909‐38)でした。入田春彦は、左翼思想を抱いているという理由で辞職に追い込まれ、睡眠薬を飲んで自殺します。入田の遺骨は遺言により楊逵夫妻に引き取られ、後に台中のお寺に納められたとのことです1

日本は敗戦、台湾は解放され、楊逵は精力的に活動を再開しますが、472月に二二八2 事件が起こり、楊逵夫妻も逮捕されます。釈放されるものの、49年に「言論集会結社の自由、政治犯の釈放」などを提案した「和平宣言」草案を起草した罪に問われ、楊逵は、懲役12年の判決を受け緑島の政治犯収容所に囚われました。

刑期を終えた楊逵は台中で花園を営み、花の栽培を始めるものの、創作活動は停滞状態であり、歴史から忘れ去られつつありました。しかし、1976年に国民中学の教科書『国文』に、日本統治時代の文学者の作品としては初めて、楊逵の小説「つぶれないバラの花(壓不扁的玫瑰)」3 (1957)が掲載されます。これにより楊逵の名は再び広く知られることになりました。
以来、台湾文学への関心も高まり、楊逵は台湾文学の最も重要な作家の一人とされています。

82年、楊逵は、アイオワ大学の国際創作プログラム(IWP)に招かれ渡米し、帰路、日本にも立ち寄り、講演などを通して日本の研究者たちとも交流を深めたそうです。

楊逵は、日本植民地下においても国民党政権下においても一貫して抵抗精神を堅持し続けた作家として、台湾文学の「つぶれないバラの花」として今も咲き誇り香り立ち続けているのです。

 

バックナンバー

#1 台湾文学史 清朝〜日本統治時代はこちら
#2 台湾文学史 終戦〜70年代まではこちら
#3 台湾文学史 80年代〜2000年代まではこちら
#4 作家紹介第1回 黄春明・前編はこちら
#5 作家紹介第1回 黄春明・後編はこちら
#6 台湾文学は夏に作られる・前編はこちら
#7 台湾文学は夏に作られる・後編はこちら
#8 作家紹介第2回 白先勇・前編はこちら
#9 作家紹介第2回 白先勇・後編はこちら
#10 作家紹介第3回 李昂・前編はこちら
#11 作家紹介第3回 李昂・後編はこちら
#12 作家紹介第4回 朱天心・前編はこちら
#13 作家紹介第5回 朱天心・後編はこちら
#14 作家紹介第6回 楊逵・前編はこちら

10250674_794106527269313_1092258525_n赤松美和子(あかまつみわこ)
大妻女子大学比較文化学部准教授。
博士(人文科学)。1977年、兵庫県生まれ。
2008年、お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。専門は台湾文学。
著書に『台湾文学と文学キャンプ―読者と作家のインタラクティブな創造空間』(東方書店)がある。

  1. 楊逵と入田春彦との交友については、張季琳〔ちょうきりん〕「楊逵と入田春彦~台湾人プロレタリア作家と総督府警察官の交友をめぐって」(『日本台湾学会報』創刊号、1999)に詳しい。 []
  2. 1947年2月27日の闇タバコ取締事件をきかっけとする、台湾で起きた民衆の抗争とそれに対する政府の武力鎮圧。 []
  3. 「春光関不住」の改題 []