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映画「KANO」と八田與一(1)

文=黒羽夏彦

 

昨年、台湾で大ヒットした映画「KANO」の上映がようやく日本でも始まった。KANOとは台湾中部にあった嘉義農林学校野球部のユニフォームに見える略称である。台湾ローカルの大会ですら勝てなかったこのチームが、1931年、甲子園初出場にして決勝戦まで進み、惜しくも敗れたが準優勝という実績を残した実話に基づいている。

嘉義農林といっても現代の我々に馴染みはない。しかし、このチームの一員だった上松耕一〔あげまつ こういち、プユマ族としての名前はアジワツ〕の遺族と会った司馬遼太郎が『街道をゆく40 台湾紀行』(朝日文庫、2009年)で「私はスポーツに暗いが、それでも戦前の甲子園大会における台湾の嘉義農林学校の野球の名声は、こどものころから聞きおよんでいた」と記しているように、かつて嘉農の名前は当時の日本全国に轟いていた。

嘉農の現在では忘れられたエピソードを拾い上げて映画化の企画を立てたのは、映画「海角七号」「セデック・バレ」とヒット作を連発した魏徳聖〔ウェイ・ダーション〕。彼が手がけてきた台湾現代史三部作の締めくくりとなる。今回、彼自身は製作にまわり、代わってメガホンをとったのは馬志翔〔マー・ジーシアン〕。「セデック・バレ」に俳優として出演していたが、自ら野球少年だった経験を活かして監督の大役を果たしている。

今まで一勝すらしたことのない、だらけきった野球チーム。彼らの前へ突然現れた謎の鬼監督、近藤兵太郎(永瀬正敏)。無駄口など一切たたかず、一方的に命令ばかりする高圧的な態度に部員たちは戸惑う。しかし、「一緒に甲子園へ行くんだ!」という監督の気迫は彼らの心の中に浸透してチームは瞬く間に生まれ変わり、甲子園へと向けて快進撃を始める──。ある意味、スポ根ドラマの王道である。そうした映画として観ても十分にエキサイティングだが、当時の時代背景を踏まえて観るとその面白さもいっそう引き立つはずだ。

当時、台湾の大会であっても選手のほとんどが日本人学生で占められていた中、嘉義農林は日本人、漢人、「高砂族」と呼ばれた原住民族(アミ族とプユマ族の選手がいた)から成る混成チーム。こうした多民族混成チームが甲子園に出場したこと自体が極めて異例である。差別的な視線を向ける心ない日本人もいた。しかし、近藤監督は「蕃人(高砂族)は足が速い。漢人は打撃が強い。日本人は守備に長けている。それぞれの長所を組み合わせればすごいチームになる」と反論する。選手たちは近藤監督の期待を裏切らずに勝ち進み、その様子に注目した菊池寛は「涙ぐましい…三民族の協調」と題した甲子園印象記の中で「嘉農びいきになった」と記している。

このように台湾を特徴づける民族的多元性をプラスのものと捉えるストーリーは、この映画が製作された現代の台湾だからこそ強調されるポイントだと言えよう。そうした意義を理解するには歴史的知識が必要となるが、映画「KANO」の漫画版、魏徳聖・陳嘉蔚・原作、陳小雅・作画、宇野幸一・阪本佳代・訳KANO 1931海の向こうの甲子園』(翔泳社、2014年)の巻末にある懇切な背景解説は、台湾史に馴染みのない読者にとって格好な手引きとなる(主要人物のプロフィールや、菊池寛の文章も収録されている)。映画のノベライズ版として魏徳聖・陳嘉蔚・原作、豊田美加・執筆KANO カノ―: 1931 海の向こうの甲子園』(出版ワークス、2015年)も刊行されている。

当時の甲子園出場校には台湾代表・嘉義農林のほか、満洲代表・大連商業、朝鮮代表・京城商業といったチームも見られ、「帝国」日本が膨張していた勢力範囲の広がりが印象付けられる。川西玲子『戦前外地の高校野球──台湾・朝鮮・満洲に花開いた球児たちの夢』(彩流社、2014年)はこうした「外地」でプレーされた高校野球の忘れられたエピソードを調べ上げ、断片的にしか知られていなかった現代史の一側面をつぶさに描き出している。

(続きます!)

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA黒羽夏彦(くろはなつひこ) 台湾専門ブログ「ふぉるもさん・ぷろむなあど」、書評ブログ「ものろぎや・そりてえる」を運営。1974年生まれ。出版社勤務を経て、2014年3月より台南の国立成功大学文学院華語中心へ留学。東アジアの近現代に交錯したさまざまな人物群像に関心を持ち、台湾に視点を置いて見つめ直したいと考えている。