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映画「KANO」と八田與一(2)

文=黒羽夏彦

嘉義農林学校野球部が初めて甲子園に出場したのは1931年。大会終了後、間もなく満洲事変が勃発する。その前年の1930年には霧社事件が世間を騒然とさせていた。事件の舞台は台湾中部の山地にある町・霧社。日本統治による様々な圧迫に耐え切れなくなった原住民セデック族の人々が日本人を手当たり次第に殺害、続く日本側による報復作戦でおびただしい死傷者を出した痛ましい事件である。魏徳聖はこの霧社事件をテーマに映画「セデック・バレ」を撮影した。

「セデック・バレ」の霧社事件が起こった翌年に「KANO」が甲子園出場。乱暴なまとめ方になってしまうが、前者が日本統治のマイナス面を象徴しているとするなら、後者はプラス面を表していると言えるだろうか。

日本をめぐる問題は、台湾においていまだに続いている歴史観の対立を刺激しやすい。映画というテーマを通して台湾の社会現象を捉えようとした好著、野嶋剛『認識・TAIWAN・電影──映画で知る台湾』(明石書店、2015年)は、冒頭で魏徳聖の映画を取り上げる。「KANO」に向けられた「媚日」的という批判に対して、魏徳聖が次のように反論した言葉を紹介している。「映画で描かれるべきテーマは何か。衝突です。あの時代、20世紀前半、台湾には、日本人、漢人、先住民族などさまざまな文化があった。(日本が持ち込んだ)西洋文化も台湾に入ってきた。文化衝突があちこちで起きていて、ストーリーの宝の山です。私はそのうちの三つを取り出して作品にしただけです」。

漫画版『KANO 1931 海の向こうの甲子園』の巻末に収録されたインタビューで魏徳聖は「監督者」の度量の違いを指摘する。山地原住民の管理にあたっていた日本人警察官はたいてい原住民を見下した態度を取り、相手の恨みを鬱積させてしまったのに対し、近藤監督は人種に関係なく実力本位で少年たちを見ていた。「自分が見下した人は絶対に自分のためには頑張ってくれない。しかし心を広く持てば、皆が一つの目標に向かって邁進できるのです」と語っている。

同様のことは、映画「KANO」に登場するもう一人の日本人、八田與一(大沢たかお)についても言えるだろう。台湾南部に広がる嘉南平野はもともと旱魃や塩害など様々な問題に悩まされていたが、東洋一の規模を誇る烏山頭ダムを築き、そこから網の目のように張り巡らされた水路網によって灌漑を可能にした。この嘉南大圳の実現に向けて奔走した土木技師が八田與一である。

映画のストーリー構成上、八田の登場に必然性があるとは言い難い。それにもかかわらず、なぜ八田が出てきたのか。近藤兵太郎の寡黙で厳しい鬼監督ぶり、八田與一の柔和な表情──パーソナリティーとしては極めて対照的に描かれている。しかしながら、甲子園出場にせよ、嘉南大圳にせよ、実現は到底無理としか思われなかった難事業に本気で取り組み、その真摯な姿がやがて現地台湾の人々から共感を集めるようになった点では共通している。

1942年、八田は南方産業開発派遣隊としてフィリピンへ渡る際に乗船していた船が撃沈されて落命した。さらに敗戦後、彼の完成させた烏山頭ダムで外代樹〔とよき〕夫人が入水自殺してしまう。烏山頭には二人の墓があり、その前では考え事をしているかのような八田の銅像がたたずんでいる。

八田與一の生涯と彼が成し遂げた水利技術上の意義について知るには、古川勝三『台湾を愛した日本人──土木技師八田與一の生涯』(改訂版、創風社出版、2009年)、斎藤充功『日台の架け橋・百年ダムを造った男』(時事通信社、2009年)などがある。また、胎中千鶴『植民地台湾を語るということ──八田與一の「物語」を読み解く』(風響社、2007年)は、八田をめぐる「物語」には日本と台湾とで受け止め方のコンテクストが異なる可能性がある点について分析している。

台湾で活躍した技師は八田以外にもいる。例えば、平野久美子『水の奇跡を呼んだ男──日本初の環境型ダムを台湾につくった鳥居信平』(産経新聞出版、2009年)は二峰圳という地下ダムを整備した土木技師・鳥居信平をテーマとしている。二峰圳には自然の生態バランスや原住民の生活と折り合いをつけながら水の力を最大限に引き出そうという工夫がこらされており、先進的な環境型ダムとして評価されているという。また、『日本人、台湾を拓く。──許文龍氏と胸像の物語』(まどか出版、2013年)は八田與一、鳥居信平のほか、近代型水道の敷設に尽力した浜野弥四郎も取り上げている。

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA黒羽夏彦(くろはなつひこ) 台湾専門ブログ「ふぉるもさん・ぷろむなあど」、書評ブログ「ものろぎや・そりてえる」を運営。1974年生まれ。出版社勤務を経て、2014年3月より台南の国立成功大学文学院華語中心へ留学。東アジアの近現代に交錯したさまざまな人物群像に関心を持ち、台湾に視点を置いて見つめ直したいと考えている。