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「わたしのふるさとは遥か遠くに」(知本〔ちぽん〕駅・台東県)
(原題 「知本站 遙遠的家園」)

訳=天野健太郎

以前、あるワークショップで鉄道にまつわるエピソードを話したあと、わたしは参加した学生たちに、自分が鉄道に乗ったときの特別な体験を話してみるよう促した。
たぶんみんな文章を書くのが好きだからだろう。少なくない学生がさっそうと壇上に立って話をした。放浪の旅や失恋の旅、センチメンタルな旅やハッピーな旅…… いろんな話を聞かせてもらった。たった二時間のワークショップで、わたしと学生たちはまるで、偶然同じ列車に乗り合わせた旅人のように、多彩な人生のエピソードを分かち合った。だれもが、自分だけの生活体験を持っているのだ。初対面だったけど、鉄道の旅を通じて、それぞれの人生の“車窓”を、隣り合わせに眺めることができた。

その日、みんなの印象に一番強く残ったのは、あるいはアミ族[「阿美族」台湾原住民のひとつ。花蓮・台東の花東縦谷・海岸地域に暮らす。人口およそ18万人]の女の子の話だったかもしれない。彼女のあだ名は、SEVENと言う。
彼女の名はとても鮮烈で、かりに今後二度と会うことがなくとも、その名は一生忘れることができないだろう。しかも、彼女のエピソードはとても感動的であった。壇上に上がって彼女は、わずかになまりがある中国語で飾り気なく、とつとつと語り始めた。
知本_ブルー各駅列車
彼女は台湾東部で生まれ育った。子供だった彼女にとって、台北とは世界で一番遠い場所だった。そこには色白で、お金持ちの漢民族たちが住んでいるのだ。彼女の周りの大人たちは、たくさん台北へ働きに出た。そして台北を嫌いになって帰ってきて、みなふるさとで一生を過ごすことを望んだ。
考えてもみなかったことだが、のちに彼女は北部の大学に受かり、ふるさとから遠く離れた桃園にひとりで暮らすこととなった。都会に出てからは、学費と生活費に追われる日々だった。猛スピードで走り続ける華やかな経済都市で、毎日バイトと勉強に明け暮れた。あまりの忙しさに、生活の意味を忘れてしまうくらいに。
ある夜、人びとが寝静まったころ、彼女は都会の空を見上げた。でもそこに星なんかなかった。口の中で小さく、祖母に教えられた山の数え歌を歌った。幼いころのふるさとが懐かしかった。そのときSEVENは、自分がひとりぼっちであることに気づいた。世界で一番遠い場所は台北ではなく、自分のふるさと知本だった。

SEVENがここまで話したとき、わたしは二十年以上前、台湾東部へ登山に出かけたときのことを思い出していた。下山し、玉里〔ぎょくり〕駅(花蓮県・台東線)から台北へ帰る。一緒に登山したブヌン族[台湾原住民族のひとつ。おもに山岳地域に暮らす。人口およそ5万人]の猟師が、小さな娘さんといっしょに見送りに来てくれた。別れ際におもしろがって、その子を高い高いしながらわたしは、「おじさんと台北へ行こうか? おじさんの子供になっちゃう?」と言った。いつもはわたしに飴をねだってくるかわいい子が、このときばかりはブンブンと首を振って嫌がり、泣いてお父さんの後ろに隠れた。わたしはちょっと面食らってしまった。今SEVENの話を聞いていて、やっとあの子の気持ちがわかった気がした。

ふるさとを思う気持ちにあらがうことができず、SEVENはやっと休暇をとり、ふるさとの父母の顔を見に帰った。家にいられたのはたった一日だった。翌日には、すぐ北の都会へ戻らなければならない。朝早く、両親は彼女を知本駅へ送っていった。ホームに立った彼女の頭には、帰ったあとやらなくてはならない仕事のことでいっぱいだった。

列車が入線してきたとき、彼女はホームでアナウンスを聞いた――「まもなく九時四十五分発台北行き列車が二番ホームより発車いたします。ご乗車の方は乗り遅れのないようご注意ください」
中国語のアナウンスのあとすぐ、台湾語[方言]で同じ内容の放送が流れ、さらに客家語[方言]が続いた。

あたふたと荷物をまとめて、遅刻ギリギリでタイムカードを押す会社員のように焦って乗車する彼女の耳に、最後のアナウンスが不意打ちのように届いた。そのアナウンスは、はやる彼女の体と心をすべて停めた。SEVENはそのときの情景を、こんな繊細に表現している――
「それはアミ族の言葉で発せられたアナウンスでした。女性の声でまずアミ族のあいさつがあり、つづいて中国語の内容を山の言葉に直訳したような発車案内が続きました。その一字一句が、まるで長く歌い継がれた歌のように聞こえました。その優しく親しみある声が、まるでおばあちゃんがうれしそうにおしゃべりしている声に聞こえました……」
そして彼女は、なにかに操られたように振り返って、初めて、改札の向こうで両親が手を振っている姿を見た。口元が動いている、きっと「元気でな」って言ってるんだ。
その瞬間、SEVENの目から涙がぼろぼろと溢れ出した。まるで十八歳より前の、台北が世界で一番遠い場所だと思っていたころの少女に戻ったように。
それが、わたしの人生にとってもっとも愛おしい風景となりました…… と、SEVENが語ったとき、学生たちはみな目を真っ赤にして、わたしもまた声をつまらせ、授業が続けられなくなるほどだった。

何ヶ月かして台東を訪れたわたしは、知本村を過ぎるときにふと、SEVENの物語を思い出し、運転していた友人に言って、知本駅に寄ってくれるよう頼んだ。
何年か前、殺人に絡んだ列車妨害事件があったせいで、この駅はえらく有名になったが、このときはもう無人駅のようにひっそりしていた。入場券を買って、第二ホームに立った。わたしはやっぱり、SEVENの風景を思い出した。

彼女が立っていただろう場所を想像しながら、改札口の方を見やった。こんな列車もない時間に入場券の客がホームをふらふらしているので、駅員がめんどくさそうに出てきて、こちらをうかがっている。
そんな疑いの目付きに、列車妨害犯と間違えられてはかなわないと思い、わたしは駅員に話しかけることにした。それで初めて知ったのだが、花東線の列車入線アナウンスは通常の中国語、台湾語、客家語以外に、花蓮駅、台東駅、玉里駅、知本駅など原住民族が多いところで、アミ族の言葉を加えて放送されているというのだ。

あぁ! アナウンスが聴きたい! しかし列車はなかなか現れない。時刻表を見ると、一番早い列車でもあと一時間は待たないといけない。これはどうもおあずけらしい。
がっかりして、改札口へ戻った。そこでわざわざもう一度駅員をつかまえ、アミ語のアナウンスが本当にあるかと訊いた。彼は頷いた。その顔は憮然として、あるいはわたしが問い糾す意味がわからず、不愉快に思ったのかもしれない。
それ以上はなにも訊けず、わたしはただ苦笑いを浮かべて駅を出た。

あまりに暑すぎて、友人は車から出る気にならなかったらしく、車内でクーラーに吹かれて眠っていた。友人を起こし、車をバックさせ駅を出ようとしたそのとき、窓の外からアナウンスの声が聞こえたような気がした。
急いで車を停めさせて、窓を開けた。間違いない! 駅では今まさにアミ族の言葉でアナウンスが放送されている。意味は聞き取れないが、きっと列車が入線するか、発車するときの注意だろう。

わたしは車から飛び下りた。アナウンスは繰り返し、もう一度流れたようだった。SEVENが言う通り、優しくて親しみのある、懐かしい歌のような声だった。一瞬、あの日のワークショップで高ぶった感情が、抑え切れないまま、今まで続いていたような気がした。
車に戻って、すこし冷静になった。このとき駅に列車は入って来なかった。じゃあ駅員はどうして放送したんだろう? 質問攻めにしてきた旅人を納得させるために? あるいは彼自身好奇心を覚えて、平素は真剣に聞いたことがなかったアナウンスを人がいないうちに聴きなおそうと思った? あるいは眩しい太陽が照らす真昼の暑さに、わたしはやられてしまったのだろうか?

その日の帰り道、わたしはSEVENのことを考えていた。そして猟師の女の子のことを懐かしく思った。彼女も大きくなったら、やっぱり台北へ出て行くのだろうか? (2008年9月)
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知本駅挿絵

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訳者プロフィール

天野健太郎(あまの けんたろう)
1971
年、愛知県生まれ三河人。京都府立大学文学部国中文専攻卒業。2000年より国立台湾師範大学国語中心、国立北京語言大学人文学院へ留学。帰国後は中国語翻訳、会議通訳者。聞文堂LLC代表(ツイッターアカウント「 @taiwan_about 」)。台湾書籍を日本語で紹介するサイト「もっと台湾(http://www.motto-taiwan.com )」主宰。訳書に『台湾海峡一九四九』龍應台著(白水社)、『交換日記』張妙如、徐玫怡著(東洋出版)、『猫楽園』 猫夫人著(イースト・プレス)。『日本統治時代の台湾』陳柔縉著(PHP研究所)。俳人。