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「台湾新幹線の車窓の旅は、自然ドキュメンタリー映画のように」
(原題 「搭高鐵,宛如看生態電影」)

訳=天野健太郎

目線はひときわ高く、風景はひときわ荒涼として、さらに瞬速のスピードを加えることで、台湾新幹線[「台灣高鐵」]は、都市と地方の関係性を再定義するという想定された効果以外、それまでになかった旅の新しい「視野」をもたらした。[2007年1月開業]
台湾新幹線
年初からこれまで、すでに十数回乗ったが、わたしはいろんな感慨を持った。とりわけ毎回台北を出発するときは、まるで映画館の座席についたような気持ちになる。列車が長いトンネルを抜ければ、さあ、自然ドキュメンタリー映画の上映スタートだ。
早朝、南に向かう新幹線に乗ると、太陽は東から差し込んで来る。わたしはいつも西側(右手)の座席に座り、車窓を眺める。この位置なら、太陽の光はおだやかに西海岸を照らし、風景も心地いい。

では、東側(左手)の座席に座ったなら? これは運次第だ。日差しがそれほど強くなければラッキーだ。遠くに雪山山脈[三貂角〔さんちょうかく〕から濁水渓まで続く山脈。最高峰は雪山(3,886m、日本統治時代の「次高山」)]と中央山脈[宜蘭・南方澳から台湾島最南端の鵝鑾鼻〔がらんび〕まで続く山脈。最高峰は秀姑巒山〔しゅうこらんざん〕(3,805m)]が望むことができ、山頂をひとつひとつ指差しながら名前を言い当てるのが無理な人でも、そこに聳えて連なる山々としばしのあいだ、差し向かいでいるのも、なかなか乙な楽しみだと言える。

台湾新幹線の沿線は、おおむね二つの地理条件に分類できる。北部の桃園、新竹、苗栗は丘陵地が多く、南部の彰化・八卦山〔はっけさん〕あたりを過ぎたら、あとはほとんどが平地だ。
そう言ってしまえば簡単だが、細かく観察していけば、各地域でその趣きは異なっている。わたしたちはいつも、台湾は豊かな生物多様性を持っていると賛美を惜しまないが、この北緯二五度より二二度手前まで下る、たかだか二度半ほどの小さな範囲に、ダイナミックな自然の変化が次々と現れるのだ。

例えば同じような丘陵地であっても、桃園は誰もが知るように池と沼の郷であり、水田があちこちに青々と散りばめられ、一方で多くの工場がひしめき合う。新竹の山間地域はアブラギリの密生地で、山肌は緑一色に染めぬかれ、ところどころミカンやカキの果樹園がアクセントを添える。苗栗に至れば、田んぼを囲み守るのは工場ではなく、農家とその庭園だ。ただ、寂れた風景という印象を拭うのは難しい。
この赤土と玉石で形成された大地はその後、鉄砧山〔てつちんさん〕、大肚山〔だいとさん〕、八卦山など、タイワンアカシアが茂る台地へと続いていく。

また同じような平地であっても、濁水渓より北は、おおむね水田と畑の混在した農地であり、樹木は防風林から徐々に、園芸品種や人工林の風景へと変っていく。濁水渓を過ぎると、雲林の田畑はもはや別の顔だ。多くは緑色の網が掛けられた青菜類の栽培地であり、ときには信じられないほどの大きな緑の絨毯が広がっている。
嘉義駅を過ぎれば、ぼちぼちと、大面積のサトウキビ畑がそのあざやかな姿を現わし、水田や畑と市松模様を描き出す。台南に近づけば、養殖池とヒシ畑が増えてくる。ただ同じく工場も増え始め、地表には再び土地利用のつばぜり合いが露わになる。
そして終着駅、高雄・半屏山にたどり着けば、東南コンクリートの工場がお出迎えしてくれ、この自然ドキュメンタリー映画は気まずい幕切れとなる。最後の最後でどんでん返しとは、なかなかこしゃくな構成である。

これは、台湾の平地を映しだす自然ドキュメンタリー映画である。以前なら特急に乗り四、五時間かかったものだが、現在はわずか90分に「濃縮」されている。台湾新幹線がプロデュースするこのジェットコースタームービーは、時速300kmとすれば、一分ごとに5kmの風景がその眼前に映し出されることになる。一秒で約80mである。これほど速いと乗客は中身を消化しきれず、ただ鵜呑みにしていくよりほか手立てがない。
この映画が見せる角度は、過去のそれとは大きく異なっている。目線は以前よりかなり高い。平均高度10mからのやや俯瞰した角度で、わたしたちの目は、この土地を巡行していく。
その道中、あでやかな田園風景と、溜息さえ漏れる山々の優雅さと出会うだろう。しかしそれはただ、遠くから眺めているにすぎない。今あるもっとも詳細なガイドブックですら、その旅を記載したものはない。もしあなたが(わたしと同じように)ノートを取りながら真剣に、この一瞬で過ぎ去ってしまう美しい風景を記録し、後日改めて出会いに行くなら、そこには、いつまでも終わりの来ない長い旅が待っているはずだ。どんなドキュメンタリー映画もこれほどの密度で、華麗にして多様なる台湾の風景を映しだしたことはない。

ただ、唖然とする場面も多々あるだろう。土地の乱開発と生態系破壊はそれほど深刻だ。新幹線に乗り、窓の外を見ることは疑いなく、台湾の環境破壊を知る最善の授業となりうる。
乗れば乗るほど、目撃例は増えていく。北部の都市・郊外に聳える建築物の醜悪さから、丘陵地と森林の大規模開発。さらに中南部の農作地の地位低下と、工場の違法建築がもたらす深刻な汚染。加えて河川の水質悪化、無計画な護岸工事などなど。どれも目にするものを絶句させる。
一分ごと一秒ごとに、“スクリーン”はむなしい風景を映し出し、見るものに痛みさえ感じさせる。この土地の環境問題に注視する人からすれば、このドキュメンタリー映画はまさに、台湾版『不都合な真実』であろう。

遠くまで広がる大地を望めば、ぽつんとひとりの老婆がいて、彼女はきっと先祖たちと同じように生涯、この荒涼たる農地に立ち続けたのだろう。またどこかの耕地は転作中で、花きを植え、新たな収入源を模索中だ。あるいはより多くの土地が休耕中で、きれいな緑肥作物が植えられ、土地を太らせている。そんな風景はどれも、わたしたちと土地の関係について、もう一度よく考えろと訴えている。

また驚きとともに目に入るのが、繰り返される外来種の侵入である。(略)わたしたちが大好きなアブラギリは今、山と野を覆い尽くす勢いで増え続けているが、丘陵地の原生種にとって、それは大きな脅威なのだ。
まさかアブラギリがなければ、春に花を愛でる旅行はできないのだろうか?
まさかコンクリート護岸を築かなければ、洪水は防げないのだろうか?
まさか古い集落を解体しなければ、都市計画は進められないのだろうか?
まさかすべての山道をこれほど広く開削しなければ、物流は成り立たないのだろうか?

わたしが新幹線の旅で目にした風景は、どこまでも不揃いのまま、美しさも悲しさも、活力も頽廃も、あれもこれもすべてを併せ持つ。わたしたちの台湾を撮ったこのドキュメンタリーは、編集することも、カットすることも許されない。あまりにも正直すぎてそれは、それぞれの乗車時間のなかで、そこにあるものを取り繕うことなく、あからさまに提示する。文明的にしてなお荒漠たる画面が容赦なく、わたしたちの目を矢継ぎ早に襲う。

新幹線が開業してもうすぐ一年になる。わたしはもう、かつての台鉄のような旅を――乗ったら習慣的に寝てしまうような旅を楽しむことはできない。いつもまぶたを開き、できるかぎり窓外の風景を見る。我がふるさとで制作された、この素晴らしい映画を見逃すなんてあまりにも勿体無い。しかし見たら見たで、その悲しみを抑えることはできないのだ。(2008年6月)
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訳者プロフィール

天野健太郎(あまの けんたろう)
1971
年、愛知県生まれ三河人。京都府立大学文学部国中文専攻卒業。2000年より国立台湾師範大学国語中心、国立北京語言大学人文学院へ留学。帰国後は中国語翻訳、会議通訳者。聞文堂LLC代表(ツイッターアカウント「 @taiwan_about 」)。台湾書籍を日本語で紹介するサイト「もっと台湾(http://www.motto-taiwan.com )」主宰。訳書に『台湾海峡一九四九』龍應台著(白水社)、『交換日記』張妙如、徐玫怡著(東洋出版)、『猫楽園』 猫夫人著(イースト・プレス)。『日本統治時代の台湾』陳柔縉著(PHP研究所)。俳人。