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一国家一言語一文学という近代文学の常識を鮮やかに覆し、
漢文、中国語、日本語、台湾語など多様な言語からなる台湾文学。
この多元性、ハイブリッド性こそが台湾文学のいちばんの特徴です。
今月はシャマン・ラポガンとその作品をご紹介します。

台湾原住民族タオ族の作家シャマン・ラポガン(後編)

文=赤松美和子

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夏曼-藍波安2(潘小-攝)シャマン・ラポガン(夏曼・藍波安)1は、台湾原住民族で唯一の海洋民族であるタオ族で、1957年に台湾の離島蘭嶼のイモロッド(紅頭)部落に生まれました。漢名は、施努来です。中学を卒業し島を離れ台東の高校に進学後、原住民子弟対象の大学推薦制度を拒否し台湾各地で働いた後に、淡江大学フランス語文学科に進学、卒業後も台北で暮らしていました。故郷の蘭嶼に放射性廃棄物貯蔵施設が建設される計画が明らかになると、反対運動に立ち上がり、1989年、家族とともに蘭嶼に帰ります。1998年には国立清華大学人類学研究所の修士課程に進み、人類学修士の学位を取得、現在は国家実験研究院海洋科技研究センター准研究員であり、反核・反原発の活動家でもあります2

89年に蘭嶼に戻り、母語を取り戻し、自ら切った木で舟を造るなどタオの文化を父から学び、その舟で漁に出るという伝統的なタオの生活を始めます。タオ文化を記録するために創作を始め、最初に刊行されたのが散文集『冷海深情』(1997)です。今年、日本語版である魚住悦子訳『冷海深情-シャマン・ラポガンの海洋文学1』(草風館、2015)が出版されましたので、表題作「冷海深情」の一部をご紹介いたしましょう。夏曼-藍波安3(潘小-攝)

海を熱愛するシャマンは、冬の冷たい海で潜水漁に夢中になり、夜までに戻らなければならないという掟を破ってしまいます。シャマンが家に帰ると、心配した親戚の人たちが家に集まっていました。叔父はシャマンを諭す詩を吟じ、まだ詩が作れないシャマンに代わって父が詩を返すなど家は大騒ぎになっています。妻と母の怒りは、「海があんたにお金をくれるなんてことがあるの?」3「シャマン、あんたが台湾へ行って勉強して追求した真理は、戻ってきて海に潜って魚を捕ることだったの?あなたが学んだものや見たものを、蘭嶼の子どもたちに与えなさいよ」4と、日常の不満へと波及していきます。島に戻り教師になることを期待されていたシャマンは、「推薦入学を拒否したのは、将来を捨てたからでもなく、自分がえらいと思っていたからでもない。漢民族の独断的な教育制度によって、わたしの民族の次の世代が再び傷つけられるのに耐えられなかったのだ……(中略)……わたしが海で感じることと海から与えられる生命の真の意味は、我が家の巨万の富より価値があるものだ」5、こうしてタオ族として海とともに生きていくことを誓いつつ、夜までに戻るという掟は守ろうと自戒するのでした。『冷海深情』には、シャマン・ラポガンの体験を通して、タオの文化やタオ族としてのアイデンティティを確立する過程を記した13篇の散文が収められています。

続いて刊行された『黒い胸びれ』(1997)は原住民文学の最初の長編小説です。日本語版は、魚住悦子編訳『台湾原住民文学選2 故郷に生きる』(草風館、2003)に所収されています。「黒い胸びれ」とはトビウオの王のことで、本作では、トビウオ漁を中心にタオの人びとの生活を描いています。四人の少年たちが、海に魅了され、たくましいタオの男たちに憧れながらも、台湾本島から来た漢人の先生の色白の奥さんに恋をしたり、島を離れて台湾本島に出ていくことを夢見たり、タオの少年の揺れる気持ちが表されています。そして、本作の魅力はなんといっても畏怖するほどに美しく多彩な表情に満ちた海の描写です。文学、原住民に興味のある方はもちろん、海好き、癒されたい人にもお勧めの一冊です。

幸運なことに以上の二作以外にも日本語で読めるシャマン・ラポガン作品がありますので、最後にご紹介いたしましょう。高樹のぶ子が10か国を訪ね10人の作家に会いその成果を一冊に編んだ『天国の風―アジア短編ベスト・セレクション』(新潮社、2011)には、台湾代表として、短編小説「神様の若い天使」「天使の父親」(魚住悦子訳)が所収されています。また長編小説では、海に生きる人々の苦悩を描いた「海人」と「漁夫の誕生」二編が、魚住悦子訳『台湾原住民文学選7-海人・猟人』(草風社、2009)に所収されています。2014年度「中山杯」華僑華人文学賞受賞作である最新作『空の目―シャマン・ラポガンの海洋文学2』(草風館、2015)も今年刊行されました。

今回は、タオ族の作家シャマン・ラポガンを中心に取り上げましたが、草風館より刊行されている『台湾原住民文学選』全九巻(編集/下村作次郎・孫大川・土田滋・ワリス・ノカン)には、これまでの文学観を揺さぶるような多くの魅力あふれる台湾原住民文学が紹介されていますので、ぜひお読みくださいませ。
 

 

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10250674_794106527269313_1092258525_n赤松美和子(あかまつみわこ)
大妻女子大学比較文化学部准教授。
博士(人文科学)。1977年、兵庫県生まれ。
2008年、お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。専門は台湾文学。
著書に『台湾文学と文学キャンプ―読者と作家のインタラクティブな創造空間』(東方書店)がある。

1 シャマン・ラポガンとは、「ラポガンの父」という意味です。タオ族の命名は、テクノニミー(子供本位呼称法)によるため、最初の子どもが生まれると、その父親は「シャマン+子どもの名前」、母親は「シナン+子どもの名前」」、祖父母はともに「シャプン+子どもの名前」となるそうです(魚住悦子「解説 部落に生きる原住民作家たち」(前掲)参照)。

2 シャマン・ラポガンインタビュー「海の憂い 台湾の漁民作家シャマン・ラポガン氏」(「大型国際インタビュー企画 3.11文明を問う」『47NEWShttp://www.47news.jp/47topics/bunmei/9.html2015224日アクセス))。

3 魚住悦子訳『冷海深情-シャマン・ラポガ海洋文学1』37頁。

4 同上、38頁。

5 同上、39