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台湾歴史歩きのお供(1)

文=黒羽夏彦

最近、台湾を訪れる日本人観光客が増えつつあることを反映して、女性誌などでも台湾特集が組まれているのをよく見かけるようになった。台湾フリークとしてはとても好ましい傾向だと思ってはいるが、関心の対象が台北でのグルメやショッピングにほぼ限定されているのがやや残念。

やはり台北は便利だから仕方ないとも思う。それでも私としては、鉄道に乗って地方都市まで足をのばしてみることをお勧めしたい。台北ではもはや消えつつある古びた街並みの風情を楽しむのもいいし、南国特有の濃緑に囲まれたローカル駅にたたずんでいると、日本での日常を忘れられるような爽快感もある。

台湾で最初に鉄道を敷設したのは清朝末期の洋務官僚i・劉銘伝〔りゅうめいでん〕だが、財政難や労働事情の困難、さらには鉄道に対する地元民の迷信的反感などの理由により中途で挫折してしまった。台湾鉄路の大半は日本統治期に基盤が作られており、台湾鉄道史を振り返ることは同時に当時の日本技術史を垣間見ることにもつながる。地元民の反感を押し切って鉄道敷設が可能となったのは、良くも悪くも日本の台湾総督府が強権を振るえたからである。全島レベルで張り巡らされた鉄道網によって物流面で台湾が一つの経済単位にまとめ上げられたことは、現在にも続く台湾意識の芽生えにもつながっていく。こうした意味で鉄道網の整備は台湾史を考える上で無視できない要因だと言えるだろう。

台湾鉄路の歴史については、片倉佳史『台湾鉄路と日本人──線路に刻まれた日本の軌跡』(交通新聞社新書、2010年)及び同『台湾に残る日本鉄道遺産──今も息づく日本統治時代の遺構』(交通新聞社新書、2012年)の2冊が懇切に解説してくれる。図版や当時の写真もふんだんに収録されており、新書サイズながらも情報量は充実している。

日本統治期の鉄道は基本的に総督府交通局鉄道部が運営していたが、当時の路線図を見ると平野部に製糖会社の路線が張り巡らされていたことがとりわけ目立つ。本来は製糖工場やサトウキビ農場を結ぶ運搬用の路線だが、ついでに旅客運輸も行われていたらしい。戦後になるとモータリゼーションの進展によりこうした路線は次々と廃線となった。場所によっては線路跡や駅舎が今でも残されており、近年は観光スポットとして活用するケースも見受けられる。

台湾鉄路の旅といえば欠かせないのが宮脇俊三『台湾鉄路千公里』(角川文庫、1985年)。元祖「テツ」たる宮脇の目的はあくまでも鉄道全線踏破であって、台湾という土地そのものへの関心はどうやらあまりなさそうだ。台湾事情を詳しくは知らないがゆえのチグハグな言動も見られるが、それもまたご愛嬌。宮脇が台湾を旅したのは1980年6月。付録の地図を見ると、枋寮~台東間がまだ未開通である。鉄橋ごとに警備兵がいるという物々しさはまだ戒厳令下にあったことを物語る。日本語世代の人々と出会う機会は現在よりもはるかに多く、三十年前にタイムスリップした気持ちで読むと面白い。

(続きます!)

 

 

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA黒羽夏彦(くろはなつひこ) 台湾専門ブログ「ふぉるもさん・ぷろむなあど」、書評ブログ「ものろぎや・そりてえる」を運営。1974年生まれ。出版社勤務を経て、2014年3月より台南の国立成功大学文学院華語中心へ留学。東アジアの近現代に交錯したさまざまな人物群像に関心を持ち、台湾に視点を置いて見つめ直したいと考えている。