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「文史之旅──東京散歩 文学・歴史・電影」レポート

文=黒羽夏彦

2015年3月28日(土)、台北の誠品書店信義店にて「文史之旅──東京散歩 文学・歴史・電影」と題したトーク・イベントが開催された。日本側から出席したのは、文芸・映画など様々な分野で健筆を振るう評論家の川本三郎さん。台湾側からは著名な社会学者で、2008年の「野イチゴ学生運動」発起人の一人となったことでも知られる李明璁さんが登壇。かつて国際基督教大学の客員研究員として東京に滞在した経験をお持ちの李さんが、「東京学」の第一人者たる川本さんにお話をうかがう形で対談は進行した。
実は李さん、かねてより川本さんの大ファン。お二人の掛け合いは息もピッタリで、聴衆は瞬く間に東京散歩の世界に引き込まれていった。
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川本さんの台北訪問は実に二十数年ぶりのこと。以前と比べて「女性が街にあふれかえっている」ことに強い印象を受けたという。若い女性でも自由に歩き回れることが良い都市の条件。それだけ安全で、そして仕事もあるならば、女性も積極的に家庭から外へ出て、街に活気が出てくる。東京では1970年代に、それまでの工業都市から第三次産業中心の都市へと社会的転換が進むにつれてこうした女性の進出が目立つようになったと川本さんは説明。

これに対して李さんは、台湾に来た日本人女性の話を例に挙げて、彼女は台北で日本よりも自由な空気を感じていたと語る。お化粧して気張らなくてもいいし、転職も自由。台湾女性の就職率は日本よりも高い。「台湾の場合、経済発展は日本よりも遅れていましたが、女性の社会的影響力は日本よりも大きいのではないか」と指摘する。

東京と台北のもう一つの共通点として川本さんは家の狭さを挙げる。家が狭いと街に出ざるを得ない。つまり、都市と家は逆比例する。「私の家には客間がありません。ですから、編集者と打ち合わせをするときは喫茶店に行ったり、あるいは居酒屋でおしゃべりしたりします。」李さんがすかさず、「日本、台湾、韓国では家に男女が二人きりになれる空間がないからラブホテルが発達しました。こういうのは欧米にはありませんよね」と応じて、会場は爆笑の渦に。
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川本さんが敬愛する映画監督の一人、侯孝賢〔ホウ・シャオシェン〕は大の鉄道マニアで、東京の電車事情にもあかるい。東京は鉄道を中心に発達した町。駅前に商店街が並び、その先に住宅がある。鉄道を降りたらみんな街を歩く。車中心の社会が到来して、日本の郊外では駅前商店街がすっかりさびれてしまったが、東京では今でも鉄道が人々の足となっており、これが街づくりを考える上で大事なことだと川本さんは指摘する。

「台北も東京と同様に鉄道を大切にしているのではありませんか?」と川本さんが問いかけると、「いえ、一番重要な交通手段は、実はバイクなんです」と李さんは返答。戦後の国民党政権はいずれ大陸に戻るという前提だったので、鉄道をはじめ台湾でのインフラ整備にはあまりお金をかけようとはしなかった。他方で、安くて便利なバイクが日本など海外から輸入された。結果として鉄道による街づくり文化は日本より遅れ、バイク文化が発達したと説明。「機会があれば、川本さんもバイクに乗ってみたらいかがですか? いつでも好きなところへ行けて、自由な感じですよ。」

その一方で、李さんは東京の中央線沿線を研究したことがあり、東京は沿線によって街の雰囲気が異なるという話題で二人は盛り上がった。東京はひと塊の大都市というよりも、小さな街が寄り集まってできている。そう指摘した上で川本さんは「下町」と「山の手」の違いを説明する。下町は庶民階級が住む街で、江戸時代から続く文化が息づいている。他方、山の手はもともと侍の街で、明治維新後は役人など権力に近い人々が住むようになった。川本さんご自身は山の手側の中央線沿線に暮らしているが、年を経るにつれて下町散歩が好きになってきたという。

下町は近代に入って二つの大きな災厄に見舞われた。第一に、1923年の関東大震災。第二に1945年の大空襲。いずれもおびただしい数の死者は下町に集中しており、下町はいわば「死者の街」でもあった。フランスの映画監督クリス・マルケルが「サン・ソレイユ」という作品でこうした慰霊碑や神社の前でお祈りする人々の姿を映し出し、「東京は祈る街だ」と表現したのを見て、川本さんは下町への思いをいっそう強くしたという。

李さんが東京散歩のポイントとして第一に電車、第二に下町……とまとめにかかったところで、川本さんがすかさず発言。「もう一つ大事なのは居酒屋です。ぜひ居酒屋に行ってください! 和食が世界無形文化遺産に登録されましたけれど、居酒屋こそ世界遺産にして欲しいですね。」
聞いていた李さんは「三つ目はてっきり書店だとばかり思ってました」と苦笑いを見せる。神保町は世界最大の書店街だと李さんは自らの意図を説明した上で、「書店といっても本を買うためだけに行くのではない。居酒屋も酒を飲むためだけに行くのではない。安心してリラックスできる自分の空間という点では共通しています」と的確に話題をまとめ上げた。

李さんの話を受けて川本さんは「自分にとって最も幸福な一日は何だろう?」と語り始める。「朝、早起きして近所を散歩します。公園で猫にエサをあげます。朝食をすませてから、机に向かって原稿を書きます。午後の2~3時頃に書き上げて、やれやれ仕事が終わった、とホッとしたところで電車に乗ります。電車の中で座って本を読みます。一度も降りたことのない駅で降りてみます。街をブラブラ歩き、本屋や古書店があればのぞいてみます。赤ちょうちんを見つけて入ってみます。買ったばかりの古本を読みながらホッピーを飲みます。ここで大切なのは、この一日の間ずっと、私が一人でいることです。」

李さんは聴衆に向けて、みんなで酒を飲む台湾スタイルの飲酒文化とは異なり、東京の生活ではこのように一人でいられることが重要だと説明する。「寂寞(ジーモー)」(さびしさ)というとマイナスの意味合いを帯びてしまうが、それと「獨居(ドゥージュー)」(一人でいること)との相違を指摘したところ、今度は川本さんが「私の言いたかったことを全部言われてしまったなあ」と苦笑い。川本さんは続けて、大勢の人間が周囲にいながら、その中で匿名の一人になれること、そして一人であるのを楽しめることが都市の良さであると語った。

トーク終了後の質疑応答でも活発なやり取りが行われた。時代小説について質問を受けた川本さんは、日本の時代小説は独特で、これを説明するのにたとえられる文芸作品が欧米にはないと指摘しつつ、今回のテーマに絡めながら話を進める。
時代小説の舞台となっているのは江戸の下町だが、実は江戸も様々な地方の人々がやって来て成立した移住者の街であり、だからこそ助け合いが必要となる。そうしたところを描き出しているのが時代小説の良さであり、下町文化の良さである。

「ところで、私は一人でいることの良さを語りましたが、それは作家という職業だからできることです。一人文化は山の手のもので、下町は(横のつながりが強いという意味で)むしろ台湾に近いのかもしれません。私が一人でいるのが好きだと言うのは、実は強がりなところもありまして、みんなとの付き合いをしたいのにできない。だから、下町のみんなの付き合いを見ているのが好きなのかもしれません。」

台湾では川本さんの自伝的作品『マイ・バック・ページ』が《我愛過的那個時代》(新經典文化、2011年)というタイトルで翻訳されており(訳者は村上春樹作品の翻訳で知られる賴明珠)、映画版も公開された。川本さんご自身が関わり合った日本の学生運動との比較で、「ひまわり学生運動」についてのコメントを求められたところ、「自分の若いころに重ね合わせて感動しました。台湾の若者たちの方が大人だし、成熟していると思います」と語った。
「私がこの作品を書いたとき、まさか台湾の人々に読んでもらえるなんて思ってもみませんでした。この作品でつづられているのは決して誇れるような過去ではありません。むしろ挫折した人間の物語です。それを暖かく受け止めていただいて、本当にうれしいです。」

「私は過激派の青年と関わりを持って会社をクビになってしまったわけですが、知り得た情報を警察に伝えていればクビにはならなかったわけです。しかし、それは人間として絶対にやっちゃいけない。身分は安定したでしょうが、その後の人生の中で、心の底からものを書けなくなってしまったでしょう。同時に、自分はそんなに偉い人間じゃないということも分かりました。成功した人間よりも、失敗した人間の方に共感するようになりました。文学でも映画でも、私が好きなのはそういう作品です。」

「先ほどは申し上げませんでしたが、私が下町を好きなのも同じ理由です。実は明治維新のとき、江戸は薩長という西から来た勢力に征服されています。下町は負けた側の人間の気持ちを受け継いでいる街なんです。だから私は下町が好きなんです。」
川本さんのコメントを聞いた李さんが「まさしくビューティフル・ルーザー(美しき敗者)ですね」と声をかけた。自伝的作品にも、そして下町散歩にも、実は敗者への共感という同様のモチーフが底流している。川本さんの語り口は穏やかなだけに、そこに秘められた芯の強さがいっそう印象深く聴衆の耳に響いた。

 

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA黒羽夏彦(くろはなつひこ) 台湾専門ブログ「ふぉるもさん・ぷろむなあど」、書評ブログ「ものろぎや・そりてえる」を運営。1974年生まれ。出版社勤務を経て、2014年3月より台南の国立成功大学文学院華語中心へ留学。東アジアの近現代に交錯したさまざまな人物群像に関心を持ち、台湾に視点を置いて見つめ直したいと考えている。