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「建築を巡る旅」リポート

文=木下諄一

日台の作家交流トークイベントを取材、ということで行って来ました。
 
今回のテーマは「建築を巡る旅」。IMG_1092
お話を聞かせてくれたのは建築家で、著書『建築武者修行―放課後のベルリン』が最近台湾でも出版された光嶋裕介さんと台湾の建築家で、文学小説も執筆する阮慶岳〔げんけいがく〕さん。お二人はともに長く外国で暮らした経験があったり、文学作品に興味があったり、今現在大学で教鞭を取っていたり。何かと共通点もたくさんあるということで、どんな話が聞けるのか期待しながらの会場入りでした。

まず、冒頭で光嶋さんが自身の著書について簡単に紹介しました。それによると、同書は「行きたいところがあるのに、行き方がわからない。そこに行くための旅をしながら学んだこと」を書いたとのこと。建築家になりたいと思った18歳のときから現在にいたるまでの十数年間に感じたあれこれを綴ったということです。
これに対して「この本はおもしろい。建築の本なのに、書いてあるのは建築のことよりも都市に対する作者の思い。さらに文学、音楽といった建築以外のこともたくさん出て来る」というのが阮さんの読後感想。
確かに同書はヨーロッパのさまざまな都市について書かれていますが、建築というよりも都市そのものにスポットが当たっていて、さらに阮さんがいうように文学や音楽も頻繁に登場するし、そこに生活する人たちの細かい描写まであります。ぼく自身、読んでみて何だか旅行記を読んでるみたいな、それほど軽快なテンポで読み進めていけました(読む前は小難しい専門書を予想していたのですが、完全に裏切られました。もちろんいい意味で)。

光嶋さんは著書の紹介に続いて「旅」を通して自身が学んだ、いくつかのポイントについても簡単に話してくれました。
「それまで建築は学校で勉強していたんですが、実際に必要なものはそれだけではなかったということがわかりました。1+1が2にならないというか、建築に絶対的な答えはないんだと思いました。それから時間の感覚です。ヨーロッパでは石の建築が中心ですが、どれだけ長く耐えられるか、それが基本的なコンセプトになっていて、これが日本と違っています。あとは、ひとつのものだけで統一するのではなく、複数のものをひとつの中に同居させることのおもしろさを知りました。たとえば、アルハンブラ宮殿。これはイスラム教とキリスト教の同居です。また、ぼくの住んでいたベルリンはいろんな人たちが住んでいます。彼らを排除することなく、それに合わせた建築を創っていくこと。そこにおもしろさを感じました

 著書のタイトルにある「武者修行」というのはこれらを体得する過程だったんじゃないか。と、そんな気がしました。

このあとトークは司会の胡金倫さん(聯経出版社編集長)の質問に二人が答えるという形で進行しました。で、それに対するお二人の答えがなかなか興味深かったです。
たとえば、「尊敬する建築家は?」という質問に対して、光嶋さんはガウディと答えています。ガウディなら、ぼくでも知ってます。あの、バルセロナのサグラダ・ファミリアを設計した人。あれは形も奇抜でおもしろい建物です。
ただ、光嶋さんの視点はもっと深くて、ガウディの作品の素晴らしさは説明の必要がない、建築の力が存在するところだといいます。この力は地元の人たちに影響を与えます。これによって彼らは幸せを感じることができるのです。
さらに光嶋さんはガウディの作品を見て、こういうふうに建築を創ってもいいんだということを発見したそうです。

一方、阮さんのほうは西洋と東洋(華人)をいっしょに考えることはできないといいます。ここにも阮さんの基本的な考え方が伺えます。そんな中で挙げてくれたのが東洋では王大閎〔おうだいこう〕。90歳を超す華人建築家です。そして西洋ではアメリカのルイス・カーン(Louis Kahn)。彼の創ったテキサスのキンベル美術館がとても好きだということです。

台湾で人気の安藤忠雄についてどう思うか?」という質問がありました。
これは答えにくいだろうなと思いました。だって二人とも彼の作品が好きとは限らないし。そんなことを考えていると、まずは光嶋さん。
「安藤さんは、強いけど美しくないとされてきたコンクリートの概念を覆した人。時代を切り開いたという意味で尊敬すべき人です。でも、自分は彼のようにある種のスタイルを持つんじゃなくて、その場所とそこに住む人に合わせた設計をしていきたいと思っています」
 これも、光嶋さんが武者修行で学んだ、建築はそこに生きる人とともにあるべきという考えがよくわかった回答です。

 阮さんも西洋と東洋という、独自の視点からの感想でした。
「安藤さんの作品はシンプルで美しい。そして光線がある。光線については、西洋と東洋は違います。西洋の光線は教会に代表されるように直接的で、高い位置のものが多い。でも、東洋では光線はとても柔和。そして位置は低い。安藤さんの作品は、この光線をとてもうまく使っていると思います」
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 このあと「二人とも大学で教えているが、自分の学生に教えたいことは?」という質問がありました。
 光嶋さんは学生に、建築家は「人間力」が大事だということを伝えたいといいます。
「建築家は職人ではありません。クライアントの信頼を勝ち獲られなければいけないし、そういう意味ではコミュニケーション能力が要求されます。それが人間力です

 これについては、さらにこうも話しています。 
「建築家は音楽にたとえるなら、作曲家ではなくて指揮者の感覚。うまく全体のバランスを取ることがいちばんの仕事です」
 そして「人間力」を養うためにはできるだけ多くの物差しを持っている必要があり、そのためには文学作家の全集を読むことが役に立つといいます。
「ある作家の全集を読んだら、その人がわかります。それがいろんな人と対話する能力を高めることになると思うんです。だから、ぼくは学生に夏目漱石の全集を読みなさいっていうんですよ」

阮さんも同じような意見だった。
「文学自体は建築と直接関係があるわけじゃないけど、創作という点から見ると、まったく違ったものともいい切れません。いつも学生にいってるんですが、建築はいってみれば、容器のようなもので、その中にはいろいろな要素が入ります。文学とか音楽とか。だからこそ、いい本を読んだり、いい音楽を聞いたりすることがとても大事になるんだと思います」

 そして最後の質問はこれ。「光嶋さんは台湾の、阮さんは日本の、建築についてどう思う?」です。
光嶋さんは今度が3度目の台湾。きょうは旧松山たばこ工場を見学したのですが、昔の建物が現代の中にしっかりマッチしている姿を見て、いいなあと思ったそうです。東京ではスクラップ&ビルドという考え方が主流で、これだと経済的には効率がいいかもしれませんが、その場所に対する「思い」というものがなくなってしまう。ということで、改めてリノベーションのよさを実感したといいます。
光嶋さんの理想は冒頭でもいったように異なるものの同居です。その点からいうと台北はとてもおもしろい街だといいます。古いものと新しいものが共存していて、そこに生命力さえ感じる。これこそが光嶋さんにとっての、台湾の魅力だそうです。

阮さんは去年2度日本に行ったとのこと。日本には有名な建築物がたくさんあるけれど、魅力を感じるのはそういった単体ではなくて伝統的な街並みだそうです。それらは都会では年々少なくなっていて、それはちょっと残念だといいます。
それから農村の風景もお気に入り。現代社会に必要なものはすべてそろっているし、何といってもきれい。とても素晴らしいそうです。

さて、お二人の答えを聞いていると、表現こそ違うけど、基本的なところがよく似ているなあと思いました。何というか、人がいて、空間がある。そして、その後に建築がある。そんな考え方がお互いに共通しているのです。もしかしたら、こういう考え方があるからこそ、時代を越えた視野を持つことができるのかもしれません。
そしてこのあと最後の言葉でも、お二人は似たようなことを話しています。
光嶋さんは「今、創るものが未来にあり続けてほしい。後世の人たちに愛されるようにと考えながら建築していきたい」、阮さんは「新旧の対立という観念はよくない。過去と現在は常に続いているのだから」。二人とも時間の観念がベースにあることが面白いと思いました。

今回のトークイベントを取材するに当たって、ぼく自身は建築に詳しくはないので、はたしてどこまで理解できるのか、行く前はちょっと不安もありました。でも、お二人のお話は、そんなぼくの不安を忘れさせてくれるほどおもしろかった。そして、建築は芸術なんだと実感。次から建築を見るときは、ちょっとだけきょうの話を思い出しながら見てみたいです。そしたら、もっといろんなことが楽しめるような気がします。

 

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執筆者プロフィール 木下諄一(きのしたじゅんいち)

台湾在住作家。小説『蒲公英之絮』(印刻出版社)が第11回台北文学賞を受賞。自由時報のコラムをまとめた『随筆台湾日子』(木馬文化出版)が好評発売中。