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仮題:『わたしの青春、わたしの台湾(フォルモサ) I ・ II 』
原題: 『我的青春 我的FORMOSA I ・ II 』
著者: 林莉菁
出版社: 無限出版
仕様: I 巻:116ページ、モノクロ、横組、2012年9月初版刊行
II 巻:155ページ、モノクロ、横組、2012年10月初版刊行
カテゴリー: 自伝・伝記、漫画
リンク(博客來):http://www.books.com.tw/products/0010570560

読みどころ

本書は1970年代生まれの台湾人漫画家が自らの半生を綴った、台湾では初という自伝漫画である。作者は日本でいえば団塊ジュニア世代に当たり、ちょうど台湾で戒厳令が解除される前後に青春時代を送った。戒厳令の解除前後にまたがる時期を扱った漫画もこれまた台湾初といい、自伝といっても単なる個人の成長記録にとどまらず、当時の台湾社会の様子がうかがえて興味深い。

 「台湾人」といったが、台湾の人が自らをそう呼ぶようになったのは、比較的最近のことである。作者は台湾南部生まれのいわゆる「本省人」だが、小学生の頃から当たり前のように自分を「中国人」と言っていた。よく誤解されることだが、ここでいう「中国」とは中華人民共和国ではなく、中華民国のことである。作者は中華民国を祖国と慕い、中国国民党に忠誠を尽くす、「愛国忠党」のお利口さんだった。学校で標準中国語を学び、日本の「奴隷教育」を受けた祖母を恥と思い、父の話す台湾語(ホーロー語)は低俗と軽蔑し、母の話す客家語は分からない。

 I 巻のタイトルにもなっている「つぎはぎの舌」は、作者が母語を捨て、学校やメディアから提供されるままに「正しく美しい」中国語を得たことの比喩だが、“接ぎ木”だったのは何も言語だけではない。作者は生まれ育った台湾の歴史も地理もほとんど何も知らずに成長したのだ。

 さて戒厳令下といっても、子どもだった作者は別に日常生活に支障を感じていなかったようだ。日本のマンガやテレビ番組に夢中になったり、暗記重視の詰め込み教育に苦しむあたりは、日本の私たちの学校生活とあまり変わらない。異様に感じるのは、ちょうど日本の学校で防犯や人権啓発のポスターを描く感覚で、当時の台湾の児童が反共産・反スパイ活動のポスターを描いていたことだ。実際には子どもたちは中国共産党もスパイも見たことがないので、完全に与えられたイメージだけで作り上げる。教育とは恐ろしい。小学生の作者が無邪気に「打倒倭寇、反共産」と歌っているさまは、滑稽でもあり、空恐ろしくもある。大人になった作者はこれを「洗脳」と呼んでいる。

 II 巻では台北の学校に進学し、1990年代になって台湾大学で歴史学を専攻した作者が、初めて台湾の歴史に触れて驚愕する様子が描かれる。「228事件」や白色テロのことも生まれて初めて知る。それまで教わってきたこと、盲目的に信じてきたことが、実は虚偽と欺瞞に満ちたものだったと分かって大きなショックを受け、「こんなの私の国じゃない」と言い放つに至るのである。

 「洗脳」から解き放たれ、「悪夢から覚め」たという作者だが、それでハッピーエンドかというと、決してそうではない。暗闇を抜けて外に出てみたら、今度は目の前にさらにぶ厚い壁が、すなわち国際政治の厳しい現実が立ちはだかっているのだ。国として認められていない台湾は、WHO(世界保健機関)加盟すらままならない。台湾自身が矛盾を抱えていることもあり、作者が外国で「民主」を叫んでも、なかなか理想通りにはいかない。

 なお本書タイトルの「フォルモサ」とは台湾のことで、大航海時代に台湾を“発見”したポルトガル人の言葉「美しい島」に由来する。台湾はこの先、自らを再発見し、自らのアイデンティティーを取り戻し、作者のいうような「真の自由と民主と人権を持った美しい島」になれるだろうか。

 最後に本書の漫画的な特色についていえば、よくできていると感心するのは、ただ作者の実体験をそのまま絵にしただけではない点だ。架空の日本人歌手、想像上の毛沢東、蒋介石の銅像が登場して作中の作者と対話するなど、漫画ならではの超現実的な手法を巧みに織りまぜたユニークな表現がなされている。柔らかで丸みを帯びた鉛筆画の画風も親しみが持てる。本書は2011年にフランスで初めて出版されたもので、もともと外国人を読者に想定しているためか、内容もわかりやすくまとまっている。台湾と深い関わりのある日本でもぜひ広く読まれてほしい。

目次

I .つぎはぎの舌

1.日本かぶれのおばあちゃん
2.つぎはぎの舌
3.大嫌いな日本の、大好きなマンガ
4.反共ポスターはお手の物
5.開票停電
6.マンガは無益
7.さよなら総統さま

II .悪夢から覚めて

1.田舎娘が台北へ
2.試験地獄
3.天安門事件
4.悪夢から覚めて
5.三民主義は、われらの指針?
6.選挙ポスターの落書き
7.地下放送局と自由の声
8.金権選挙
9.ジュネーヴの豚

著者紹介
林莉菁(リン・リーチン)
漫画家。1973年台湾・屏東県生まれ。台湾大学歴史学科卒業。1999年に渡仏し、アングレーム芸術学院などで漫画とアニメーション制作を学ぶ。2007年にヨーロッパ最大級の漫画祭であるアングレーム国際漫画祭で新人賞を受賞。2010年に台湾漫画家団体「Taiwan Comix」の立ち上げに参画。現在フランスで創作活動を続けている。

 

 

執筆者プロフィール

阪本 佳代(さかもと かよ)
東京外国語大学中国語学科卒、東京大学大学院経済学研究科中退。産経新聞記者を経て、現在フリーランスの翻訳者・ライター。2006年から3年間台湾で暮らす。共著・共訳書に『KANO 1931海の向こうの甲子園』(翔泳社)、『毛沢東秘録』(扶桑社)。